【広部俊明のプロフィール】年齢・出身地・学歴は?異色の経歴を持つ探検家

目次

広部俊明の基本プロフィール

項目 内容
名前 広部俊明(ひろべ・としあき)
生年月日 1965年4月29日
年齢 61歳(2026年10月現在)
出身地 東京都
出身高校 日本大学鶴ヶ丘高等学校
出身大学 日本大学文理学部応用物理学科
職業 水中探検家・水中カメラマン
その他の活動 音楽家・ダイビングインストラクター・映画監督
主な活動拠点 沖縄県恩納村
バンド THE BLIMP CLUB(旧・夢工場)

出典:日本大学鶴ヶ丘高等学校同窓会誌、テレビ関連人物プロフィール、本人公式ブログ。

1965年生まれ、大学では応用物理学を専攻

広部俊明

広部俊明さんは1965年4月29日、東京都に生まれた。

日本大学鶴ヶ丘高等学校を卒業後、日本大学文理学部応用物理学科に進学。1984年に大学へ入学し、1990年に卒業した経歴が同窓会誌に掲載されている。

興味深いのは、音楽活動と学業を並行していたことだ。

高校時代からバンド活動に熱中し、プロミュージシャンを目指していた一方、大学では応用物理学を学んでいた。海中の地形や自然現象を観察する現在の活動を考えると、理系分野を学んだ経験も興味深い背景となっている。

水中探検家と水中カメラマンは何が違う?

広部俊明

広部さんの肩書には、水中探検家と水中カメラマンの2つがある。

両者は密接に関係しているが、役割は異なる。

- 水中探検家: 未知の海域や水中洞窟を調査し、地形や生物などの新たな発見を目指す。
- 水中カメラマン: 水中の自然環境や生物、洞窟などを撮影し、映像として記録する。
- ダイビングインストラクター: ダイビング技術や水中撮影の楽しさを伝える。

広部さんの場合、探検によって発見したものを自ら撮影し、テレビや動画を通じて一般の人々に伝えるところまで手掛けている。

つまり、単に未知の場所へ潜るだけではなく、発見を映像資料として残すところまでが仕事になっている。

この一貫した活動スタイルが、広部さんの大きな特徴だ。

【広部俊明の経歴を時系列で整理】1986年の夢工場から現在まで

広部俊明

広部さんの人生には、大きく分けて3つの転換点がある。

1つ目は1986年の音楽デビュー、2つ目は1989年のダイビングとの出会い、そして3つ目は1995年の沖縄移住だ。

それぞれの出来事が現在の水中探検家としての活動につながっている。

広部俊明の主要な経歴年表

時期 出来事・活動 意味・実績 1981年 バンド活動を開始 HOT CAKEとして音楽活動 1984年 日本大学へ進学 応用物理学を専攻 1986年 夢工場としてメジャーデビュー ポニーキャニオンから音楽作品を発表 1989年 ダイビングを開始 水中世界との出会い 1990年 大学卒業・有限会社夢工場を設立 インストラクターや水中撮影を開始 1995年 沖縄県へ移住 マリンドリーム夢塾を設立 1996年 水中探検活動を本格化 ダイビングポイントの開拓 1998年 広部ガマを発見・調査 恩納村の海底鍾乳洞を調査 2007~2013年 CSテレ朝チャンネルに出演 水中番組114本を撮影・出演 2018~2019年 徳之島のウンブギを調査 日本最大級の水中鍾乳洞を確認 2021年 Water worldを展開 水中映像のYouTube発信 2025~2026年 映像制作・映画監督へ活動拡大 映画2作品など新たな挑戦

出典:本人公式ブログ、日本大学鶴ヶ丘高等学校同窓会誌、天城町、オーシャナ掲載プロフィールなどをもとに整理。

夢工場として1986年にデビュー

広部さんの芸能・音楽活動の出発点は、バンド「HOT CAKE」だった。

1981年に結成された同バンドは、1986年にポニーキャニオンから「夢工場」という名前でメジャーデビューを果たす。

デビュー曲として知られるのが「フォトジェニック・エンジェル」だ。

また、テレビアニメ『タッチ』や『陽あたり良好!』の主題歌にも関わり、当時の音楽シーンで活動した。

ただし、夢工場という名前での活動は長期間続いたわけではない。

広部さん自身のブログによると、約1年半でHOT CAKEにバンド名を戻し、その後、所属事務所から独立して「THE BLIMP CLUB」へと改名した。

THE BLIMP CLUBとして音楽活動を継続


夢工場時代から続くバンド。広部さんはボーカルを担当し、水中探検家としての活動と並行して音楽活動を続けている。

注目したいのは、広部さんが音楽を完全にやめたわけではないことだ。

2016年の本人ブログでは、バンド結成35周年を振り返り、メンバーが変わらず活動を続けてきたことを紹介している。

さらに2025年にもTHE BLIMP CLUB名義でライブ活動を行っており、2026年12月20日には「40th Anniversary Live BACK TO THE 夢工場'87←2026」が渋谷で予定されている。

夢工場という名前は過去の一時的な芸名ではなく、現在まで続く音楽活動の原点でもある。

【水中探検家への転身】人生を変えたダイビングと沖縄移住

広部さんの経歴で最も大きな転換点となったのが、1989年のスキューバダイビングとの出会いだ。

2018年に掲載された絵本作家インタビューで、本人はバンド活動をしていた時期に体験ダイビングを経験し、一度で夢中になったことを語っている。

体験後すぐにライセンスを取得し、潜る機会を増やしていった。そして、わずか1年後にはインストラクターの資格も取得したという。

なぜミュージシャンから水中探検家になったのか

広部さんには、子どもの頃から写真を撮ることが好きだったという背景もある。

ダイビングを始めたことで、海の中の風景や生き物を撮影したいという気持ちが強くなった。

ここに、音楽家から水中カメラマンへの転身を理解する手掛かりがある。

音楽では音を通じて表現する。水中撮影では光や色、構図を通じて海の世界を表現する。

媒体こそ違うものの、創作活動を続けてきた広部さんにとって、海は新しい表現の舞台になったと考えられる。

本人はインタビューで、写真撮影を単なる記念写真ではなく、写生に近いものとして捉えていると説明している。

1回のダイビングで1匹の生き物だけを撮影することもあり、時には何か月も同じ被写体を追い続けるという。

この撮影姿勢は、海の生き物を記録する仕事に対する丁寧さを感じさせる。

1995年、沖縄県恩納村に移住

1990年には日本大学を卒業し、有限会社夢工場を設立。インストラクターとしての活動や水中映像の撮影にも取り組むようになった。

そして1995年、沖縄県恩納村に移住する。

同地でダイビングショップ「マリンドリーム夢塾」を立ち上げ、初心者へのダイビング指導や水中写真の楽しさを伝える活動を始めた。

1996年からはダイビングポイントの開拓と水中探検を本格化させていく。

オーシャナのプロフィールでは、広部さんが恩納村で開発したダイビングポイントは100か所以上と紹介されている。

これは単に人気のダイビングスポットを案内するガイドとは異なる実績だ。

海底の地形を調べ、潜水できる場所を開拓し、その魅力を撮影して紹介する。地域の海の価値を掘り起こす役割も担ってきたのである。

水中カメラマンとしての実績も豊富

広部さんは探検活動と並行して、テレビ番組の水中撮影にも携わってきた。

オーシャナの掲載プロフィールによると、2000年からTBSビジョンの水中ライブラリーを担当。

さらに2007年から2013年まで、CSテレ朝チャンネルの番組『水中探検家広部俊明が行く 海からのメッセージ』で、1時間番組を114本撮影・出演した。

そのほか、『クレイジージャーニー』『夢の扉』『林先生が驚く初耳学!』『爆報!THE フライデー』『報道ステーション』などにも関わっている。

2020年には、広部さんと映像チームが撮影した徳之島の水中鍾乳洞の映像が、ルミエール・ジャパン・アワード2020の4K部門でグランプリを受賞した。

探検する技術だけでなく、映像作品として海中の魅力を伝える能力も評価されてきたことが分かる。

【広部ガマとウンブギの発見】日本の水中探検を変えた2つの実績

広部俊明さんの名前を検索すると、必ずといっていいほど登場するのが「広部ガマ」と「ウンブギ」だ。

どちらも水中鍾乳洞に関係する発見であり、広部さんの探検家としての代表的な実績となっている。

1998年に発見された沖縄・恩納村の広部ガマ

広部ガマは、沖縄県恩納村で1998年に広部さんが発見・調査した水中鍾乳洞だ。

天城町の公式発表では、広部ガマの総延長は約680メートルと紹介されている。

水中鍾乳洞とは、石灰岩などが長い年月をかけて水によって浸食され、形成された洞窟が水没している地形のことだ。

洞窟内部には、地上の鍾乳洞と同じように鍾乳石などが存在する場合がある。

水中という環境では、陸上の洞窟とは異なる高度な潜水技術と安全管理が求められる。

広部さんは、このような洞窟を調査し、内部の地形を確認しながら水中映像として記録してきた。

さらに恩納村では、広部ガマ以外にも複数の海底鍾乳洞を発見したと紹介されている。

徳之島のウンブギ調査は2018年から始まった

もう一つの代表的な実績が、鹿児島県徳之島の天城町にある「ウンブギ」だ。

ウンブギは、徳之島の方言で「ウン」が海、「ブキ」が縦穴を意味する地形である。

天城町の公式発表によると、広部さんを中心とする潜水調査チームは2018年9月から本格的な調査を開始した。

調査には天城町の許可が必要で、地元のマリンサービス海夢居の鈴木オーナーが調査のきっかけをつないだ。

当初の調査では入口から約300メートルまで進み、その後、潜水調査チームを結成して範囲を拡大した。

2019年の第4回調査では、直線距離で約700メートル、総延長で約1キロメートルに達する規模を確認したと天城町が発表している。

これは、それまで日本最大級とされていた広部ガマの総延長約680メートルを上回る規模だった。

2019年5月6日には『報道ステーション』のトップニュースでも取り上げられ、大きな話題になった。

ウンブギで発見された土器が持つ歴史的価値

ウンブギの調査で特に注目されたのが、水中から発見された土器だ。

広部さんが調査中に発見した土器は、天城町の調査・展示資料によると、約1万1400年前から7400年前に相当する時期に作られた可能性が高いとされた。

2021年の天城町広報資料では、土器は洞窟入口から約70メートル奥、水深約25~30メートルの場所で発見されたと説明されている。

土器の年代推定には熱ルミネッセンス年代測定法が用いられた。

水中鍾乳洞の内部に先史時代の土器が存在していたことは、考古学的にも興味深い発見だ。

ただし、土器が見つかったことだけで、洞窟内に当時の人々が暮らしていたと断定することはできない。

土器がどのように水中へ運ばれたのか、当時の地形や人々の活動とどう関係していたのかなど、さらに検討すべき問題が残されている。

天城町は2020年7月29日から8月2日まで、土器をユイの館で特別展示した。

水中探検が自然地形の発見にとどまらず、考古学や地域史にもつながることを示す事例だ。

広部ガマとウンブギの違い

比較項目 広部ガマ ウンブギ
所在地 沖縄県恩納村 鹿児島県天城町
主な調査開始・発見時期 1998年 2018年調査開始・2019年発表
地形 水中鍾乳洞 水中鍾乳洞
確認された規模 総延長約680m 2019年調査で総延長約1km
特徴 広部さんの代表的な初期発見 先史土器が発見された
現在の位置づけ 沖縄の代表的な探検実績 日本最大級の水中鍾乳洞

出典:天城町公式発表、天城町文化遺産データベース。

なお、ウンブギについては2019年の調査報告で約1キロメートルという総延長が紹介された一方、天城町の文化遺産データベースでは、少なくとも西側へ700メートル続き、全長はまだ確認されていないと説明されている。

つまり、約1キロメートルは当時の調査で確認された規模であり、洞窟全体の最終的な全長が確定したという意味ではない。

また、2022年のダイビング専門サイトでは、ウンブギは一般公開されておらず、調査目的で潜る場合にも許可が必要と説明されていた。

観光客が通常のダイビングスポットとして自由に潜れる場所とは区別する必要がある。

【広部俊明の現在・2026年最新】Water worldから映画監督まで活動を拡大

2026年10月現在、広部さんは沖縄県恩納村を拠点に、水中探検・撮影・映像制作などを続けている。

注目したいのは、活動の中心が水中探検だけにとどまらなくなっていることだ。

1.Water worldで海の魅力を発信

2021年から展開しているのが、YouTube番組「水中探検家広部俊明のWater world」だ。

この番組では、広部さんが長年にわたって撮影してきた映像と、新たに撮影した映像を組み合わせ、国内外の海を紹介している。

特徴は、撮影だけでなく編集・ナレーション・音楽まで本人が担当していること。

初期の配信ではメキシコのセノーテや奄美大島の海などが紹介された。

その後も徳之島やソロモン諸島、沖縄など、さまざまな海域の映像を発信している。

2025年7月には山形県遊佐町の丸池様を紹介するVOL110を公開。特別な許可を得て撮影した水中映像や、現地での講演活動についても本人がブログで紹介している。

また、火山や地形について解説する動画も制作しており、海を入り口に地球の成り立ちを伝えるコンテンツへと広がっている。

単なる旅行・ダイビング動画ではなく、長年蓄積してきた水中映像を資料として活用する試みでもある。

2.マリンドリーム夢塾でダイビング指導

本人の公式ブログでは、沖縄本島の恩納村にある「マリンドリーム夢塾」を活動拠点として紹介している。

初心者から水中写真の楽しさを学べることを掲げ、ダイビングインストラクターとしての活動も継続している。

長年の探検経験を持つ人物が、初心者に向けた指導も行っている点は興味深い。

未知の洞窟を調査する専門家でありながら、一般の人が海に親しむための入り口も提供している。

3.2026年公開予定の映画『つりこまち』で監督・脚本を担当


2026年11月公開予定
- 監督:広部俊明
- 脚本:広部俊明・松田和亜紀
- 原作:山崎夏軌
- 主演:仲村悠菜
- 公開予定:11月6日和歌山先行、11月27日全国公開

2026年の広部さんの活動で大きな話題となっているのが、映画『つりこまち』だ。

原作はスクウェア・エニックスの漫画誌「ヤングガンガン」で連載された山崎夏軌さんの同名漫画。

釣りに情熱を注ぐ女子高校生たちの友情と成長を描く青春作品である。

広部さんは松田和亜紀さんと共同で脚本を担当し、監督も務める。

出演者には仲村悠菜さん、吉本此那さん、暁月ななみさん、鹿目凛さん、石浜芽衣さんのほか、篠田麻里子さん、板尾創路さん、渡辺いっけいさん、榊原郁恵さんらが名を連ねる。

映画.comやキネマ旬報WEBでも監督・脚本として広部さんの名前が掲載されており、2026年10月27日には予告編公開のニュースも報じられた。

11月6日にロケ地の和歌山で先行公開され、11月27日から池袋HUMAXシネマズ、kino cinéma新宿などで全国公開される予定だ。

水中撮影や自然映像を長年手掛けてきた人物が、劇映画の監督に挑戦するという点で、これまでのキャリアとは異なる新しい展開になっている。

4.映画『海の家族』も撮影中

もう一つ注目したいのが、映画『海の家族』だ。

広部さんは2025年5月6日の公式ブログで、長年の夢だった海をテーマにした映画の制作が実現したと発表していた。

当初は監督・脚本・音楽を担当する構想だったが、2026年9月29日の本人ブログでは撮影開始を報告。

水中撮影はすでに始まっており、陸上部分の撮影は2026年10月6日から開始したと説明している。

本人によると、脚本・監督・音楽に加え、水中撮影やドローン撮影も担当する予定だ。

舞台の中心は地元の恩納村で、水中写真をきっかけに家族になっていくヒューマンストーリーとして構想されている。

公開については、本人が2027年夏以降を目指すと説明している。ただし、これは制作時点の目標であり、確定した劇場公開日とは異なる。

2026年の広部さんは、水中探検家から映像作家、映画監督へと表現の領域をさらに広げている。

5.THE BLIMP CLUBの40周年ライブも予定


40th Anniversary Live BACK TO THE 夢工場'87←2026

2026年12月20日開催予定
- 会場:渋谷Spotify O-nest
- 開場:11時30分
- 開演:12時
- 前売り:6,000円
- 当日:6,500円
- 出演:The Blimp Club(夢工場)

音楽活動も現在進行形だ。

渋谷のライブ会場の公式スケジュールには、2026年12月20日の40周年記念ライブが掲載されている。

夢工場としてのデビューから40年という節目に、THE BLIMP CLUBとしてライブを行うことになる。

水中探検、YouTube、映画制作、そして音楽。

広部さんの現在を理解するには、どれか一つの肩書だけを見るのでは不十分だ。

むしろ、長年続けてきた複数の活動が、現在になって一つの映像表現へと結び付いている点に注目したい。

【プロの結論】広部俊明の本当のすごさは発見・撮影・発信を一貫して担うこと

広部俊明さんの経歴を振り返ると、単に異業種へ転身した人物という説明では足りない。

その本質は、自分が興味を持った世界を、自分の技術で探り、自分の表現で世の中に伝えてきたことにある。

その特徴は3つの視点から理解できる。

① 発見するだけでなく、記録する

広部ガマやウンブギの調査は、水中探検家としての実績だ。

しかし、その発見を映像として記録し、テレビ番組や動画で伝えてきたことも同じくらい重要である。

水中洞窟は、地上から眺めるだけでは全貌が分からない。

潜水技術、調査経験、撮影技術を組み合わせることで、初めて多くの人がその存在や魅力を理解できるようになる。

② 自分の活動を長期的なコンテンツに変えている

Water worldは、過去の映像資産と新しい撮影を組み合わせた取り組みだ。

これは一度のテレビ出演や単発の探検報告とは異なる。

撮影した映像を蓄積し、編集し、継続的に発信することで、海の記録を後世に残すことにもつながっている。

③ 専門性を映画という新しい表現に広げている

2026年の『つりこまち』や『海の家族』は、活動の新しい段階を示している。

これまでの経験を生かし、自然や水中世界を題材にした映像制作へ進む一方、漫画原作の青春映画にも挑戦している。

探検家としての知識を一つの専門分野に閉じ込めず、映像という幅広い表現に生かしている点が興味深い。

広部俊明について知る際の3つの判断基準

見るべきポイント 確認する内容
探検の実績 発見年、調査主体、地形の規模
映像の実績 撮影した番組、受賞歴、公開作品
現在の活動 本人ブログ、公開スケジュール、公式発表

特に注意したいのは、「海底遺跡」という言葉の使われ方だ。

海底に存在する不思議な地形が、必ずしも人間によって造られた遺跡とは限らない。

広部ガマやウンブギについては、水中鍾乳洞という地質学的な特徴と、ウンブギから出土した土器という考古学的な発見を分けて理解することが大切だ。

広部俊明さんの実績は、こうした自然科学・考古学・映像表現が交差する領域にある。


【広部俊明の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:広部俊明は現在何歳ですか?

A1:1965年4月29日生まれで、2026年10月現在は61歳です。

Q2:広部俊明は元夢工場のメンバーですか?

A2:はい。1986年にポニーキャニオンからバンド「夢工場」としてデビューしました。その後、HOT CAKEを経てTHE BLIMP CLUBへ改名し、音楽活動を継続しています。

Q3:広部俊明が発見した広部ガマとは何ですか?

A3:1998年に沖縄県恩納村で発見・調査した水中鍾乳洞です。総延長約680メートルと紹介されています。

Q4:徳之島のウンブギも広部俊明が発見したのですか?

A4:はい。2018年から天城町の許可を得て調査を進め、2019年に日本最大級の水中鍾乳洞として発表されました。水中から先史時代の土器が見つかったことでも知られています。

Q5:広部俊明は現在もダイビングをしていますか?

A5:はい。沖縄県恩納村を拠点に、水中探検や水中撮影、ダイビングインストラクターとしての活動を続けています。

Q6:Water worldとは何ですか?

A6:広部俊明さんが撮影・編集・ナレーション・音楽などを手掛けるYouTube番組です。日本や海外の海、洞窟、自然環境などを映像で紹介しています。

Q7:2026年の広部俊明の最新映画は何ですか?

A7:『つりこまち』です。広部さんが共同脚本と監督を担当し、2026年11月6日に和歌山で先行公開、11月27日から全国公開予定です。また、『海の家族』も制作・撮影が進められています。


まとめ:広部俊明は音楽家から水中探検家、そして映画監督へ

広部俊明さんは、1986年に夢工場として音楽デビューし、1989年のダイビングとの出会いを経て、水中探検家・水中カメラマンへと活動の幅を広げてきた人物だ。

1998年の広部ガマ発見、2019年の徳之島ウンブギ調査は、その探検家としての代表的な実績である。

また、沖縄県恩納村で100か所以上のダイビングポイントを開拓し、テレビ番組の水中撮影やWater worldを通じて、海の世界を伝え続けている。

2026年現在は、映画『つりこまち』の監督・脚本を担当し、『海の家族』の撮影にも取り組んでいる。さらにTHE BLIMP CLUBの40周年記念ライブも予定されている。

広部俊明という人物を理解するうえで大切なのは、夢工場時代と現在を切り離さないことだ。

音楽、写真、ダイビング、探検、映画。異なる分野に見える活動は、未知の世界を自分の目で確かめ、それを人に伝えるという一貫した姿勢でつながっている。

61歳を迎えた2026年も、その活動は止まっていない。今後のウンブギの調査や海の映像制作、映画監督としての新しい作品にも注目が集まりそうだ。