【ブラックデビル誕生秘話】高田純次からさんまへ交代した本当の理由
ブラックデビル誕生の裏側には、当初のキャスティングと予想外の欠場、そして収録現場で生まれた偶然の抜擢があった。
初代ブラックデビルは高田純次だった

『オレたちひょうきん族』は、1981年にフジテレビ系でスタートしたバラエティー番組。ビートたけしが演じる正義のヒーロー・タケちゃんマンと、さまざまな敵キャラクターとの対決を中心に人気を集めた。
その初期にタケちゃんマンの宿敵として登場したのがブラックデビルだった。
最初にこの役を演じたのは、明石家さんまではなく高田純次。現在のイメージからすると意外だが、さんまが演じる以前に高田がブラックデビルとして出演していたことは、本人や関係者の証言でも確認できる。
2018年のテレビ朝日系番組では、ビートたけし自身が高田純次の欠場について振り返り、ブラックデビルは当初、高田をレギュラーにする予定だったと明かしている。
高田純次のおたふく風邪が交代のきっかけ
交代の直接的な理由は、高田純次がおたふく風邪にかかったことだった。
2025年7月13日放送の『発見!タカトシランドSP』で、さんま本人が当時の出来事を振り返っている。
さんまによると、高田はブラックデビルを2週か3週ほど演じていたが、突然おたふく風邪になったという。
そのとき、収録現場に残っていたのがさんまだった。
制作を担当していた三宅恵介ディレクターから「どうしても1日だけお願いします」と頼まれ、急きょ代役を引き受けた。
さんまは当時の状況について、次のように説明したと報じられている。
高田純次さんが2週か3週やられて。急におたふく風邪になられて。
この一時的な代役が、結果として長く愛されるキャラクターの誕生につながった。
さんまの出演時の反応が良かったため、その後もブラックデビルを演じることになったという。
さんま本人が語った「最初から交代する予定ではなかった」という事実
さらに興味深いのは、2022年11月5日放送のMBSラジオ『ヤングタウン土曜日』で、さんまが語った別の証言だ。
さんまは、高田の代役を務めたことについて、最初から自分が後任になる予定だったわけではないと説明している。
当時、さんまは『ひょうきんベストテン』と『ひょうきんニュース』の2つのコーナーを担当していた。ほかの出演者が帰った後も収録現場に残っていたため、急きょ声がかかったという。
当初は高田がすぐ戻ってくると思っており、自分がブラックデビルを引き継ぐとは考えていなかった。
ところが、実際に演じてみるとディレクターに気に入られ、次の出演にもつながった。
つまり、ブラックデビルの交代は、計画的なキャスティング変更というより、現場の偶然と本人の実力が重なった出来事だった。
【タケちゃんマンとの関係】登場回・歴代キャスト・キャラクターの変遷
ブラックデビルを理解するには、単独のキャラクターとしてではなく、タケちゃんマンとの関係から見る必要がある。
ブラックデビルはタケちゃんマンの宿敵
タケちゃんマンはビートたけしが演じる正義のヒーロー。ブラックデビルは、その前に立ちはだかる悪役だった。
基本的な構図は、ヒーローと怪人の対決という特撮番組の定番を踏襲している。
しかし、一般的なヒーロー番組とは違い、2人のやり取りには漫才のような掛け合いや即興的なボケ、ツッコミが盛り込まれていた。
さんまのテンポの速い話術と、たけしの独特な間や発想がぶつかり合うことで、単なる変身ヒーローのパロディーを超えたコントに発展していった。
制作に長く携わった三宅恵介ディレクターも、文藝春秋のインタビューで、さんまは誰かとのパスワークによって笑いを生み出す才能を持っていたと評価している。
ブラックデビルの登場回と交代の時系列
当時の放送記録を整理すると、初代とさんま版の登場時期は次のようになる。
| 時期 | 出来事・登場回 | 関係者・備考 |
|---|---|---|
| 1981年10月10日 | タケちゃんマン登場 | ビートたけし |
| 1981年10月24日 | 「ブラックデビル登場の巻」 | 高田純次が初代を担当 |
| 1981年11月21日 | 「瞼の母よサヨウナラの巻」 | さんま版ブラックデビル登場 |
| 1982年 | ブラックデビルの活躍が続く | タケちゃんマンとの対決が定着 |
| 1982年9月5日 | 「好きさブラックデビル」発売 | キャラクターの楽曲も展開 |
| 1983年以降 | 後続キャラクターが登場 | アミダばばあなどへ展開 |
| 1989年 | 『オレたちひょうきん族』終了 | 8年間の番組の歴史に幕 |
| 2025年7月 | 交代の経緯をさんまが回顧 | 『発見!タカトシランドSP』 |
| 2026年7月11日 | ブラックデビルを実演 | 『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』 |
放送日と登場回の記録は、番組の放送リストや当時の資料を整理した記録に基づく。高田版とさんま版の初登場日は混同されやすいが、1981年10月24日は高田版、11月21日はさんま版という区別がポイントだ。
高田純次と明石家さんまの違い
初代と2代目では、同じブラックデビルでも演じ方に違いがあった。
- 高田純次版: 初期のブラックデビルを担当。さんま版とは異なる白塗りのメイクが特徴だったと、当時のキャラクター研究資料に記録されている。
- さんま版: 独特の鳴き声や大きなリアクション、たけしとの掛け合いによってキャラクターを発展させた。
高田純次本人も、2020年のFRIDAYデジタルのインタビューで、ブラックデビルを2回ほど演じたことや、おたふく風邪で出演できなくなった経緯を振り返っている。
さんま版が広く知られるようになったことで、初代の高田純次がいた事実は、後年のテレビ番組やインタビューで改めて紹介されるようになった。
【ブラックデビルの鳴き声・名セリフ】さんまがこだわった笑いの秘密
ブラックデビルを語るうえで欠かせないのが、独特の鳴き声と決めゼリフだ。
単に奇抜な衣装を着ただけでは、これほど強い印象は残らなかったはずだ。声、動き、表情、セリフが一体となって、ブラックデビルというキャラクターを成立させていた。
鳴き声は「クワッ、クワッ!」だけではなかった
ブラックデビルの代表的な鳴き声として知られているのが「クワッ、クワッ!」という独特の声だ。
また、資料や当時を振り返る記録では「ウェッ!ウェッ!」など、異なる音の表現も登場する。
ここで重要なのが、さんま自身が鳴き声の制作に積極的に関わっていたという事実だ。
2024年12月9日公開の文藝春秋の記事で、三宅恵介ディレクターは、さんまが初登場前に何パターンもの鳴き声を録音してきたと証言している。
そして、どの声がいいかと三宅氏に意見を求めたという。
マイナビニュースの2019年のインタビューでも、三宅氏は録音現場で「ウェッ!ウェッ!」などの音を複数収録したエピソードを紹介している。
これは、さんまが鳴き声まで含めてキャラクターを作り込んでいたことを示す興味深い証言だ。
ブラックデビルの代表的な名セリフ
当時のキャラクター紹介や回顧資料に登場する代表的なセリフには、次のようなものがある。
| セリフ・鳴き声 | 使用される場面・特徴 |
|---|---|
| 「クワッ、クワッ!」 | ブラックデビルを印象づける鳴き声 |
| 「みごとな攻撃だな、タケちゃんマン!」 | タケちゃんマンの攻撃に反応するセリフ |
| 「よく見破ったな、タケちゃんマン!」 | 正体を見破られた際の掛け合い |
| 「クワッ、なんだお前は!」 | 相手のボケに反応する場面 |
これらは、当時のキャラクター資料や回顧記事で紹介されているフレーズだ。放送回によって表現や掛け合いは異なるため、毎回同じセリフだけで構成されていたわけではない。
ブラックデビルの由来とモデルは「少年ジェット」なのか
もう一つ気になるのが、ブラックデビルという名前や怪人のモデルだ。
テレビコントのキャラクターを整理した資料『TVコント大全』では、ブラックデビルの元ネタとして、昭和30年代のテレビ番組『少年ジェット』に登場した謎の怪人が紹介されている。
『少年ジェット』は、少年が悪人を退治する特撮・冒険作品として知られるテレビ番組だ。
この時代のヒーロー番組に親しんだ世代が『ひょうきん族』の制作に関わっていたことを考えると、往年の怪人をバラエティー向けに再構成する発想には自然な背景がある。
ただし、ブラックデビルの名前や造形のすべてが、特定の作品からそのまま採用されたと断定できる制作側の公式説明は見当たらない。
したがって、『少年ジェット』の怪人を元ネタとする説は有力な紹介情報だが、公式に確定した制作証言とは区別する必要がある。
【当時の評判と人気の理由】なぜブラックデビルは昭和の名キャラクターになったのか
ブラックデビルの魅力は、奇抜な衣装や鳴き声だけでは説明できない。
大きなポイントは、視聴者がキャラクターの性格を短時間で理解できることと、タケちゃんマンとの関係が毎回の笑いを生み出していたことだ。
① ヒーローと悪役の分かりやすい対立構造
ブラックデビルの人気を支えた第一の理由は、タケちゃんマンとの関係性にある。
正義の味方と悪の怪人という分かりやすい設定は、子どもから大人まで理解しやすい。
しかも、対決の中身は本格的な戦闘ではなく、ボケやツッコミを交えたコントだった。
視聴者は、ブラックデビルが登場すると、タケちゃんマンとの掛け合いが始まることを期待できた。
これは、毎回異なるゲストや設定を用意するだけでは生まれない、レギュラーキャラクターならではの強みだった。
② さんまのアドリブとキャラクター表現
二つ目の理由は、さんまの表現力だ。
三宅恵介ディレクターは、さんまが普通に台本を演じるだけでなく、そこに何か一つ加えて自分の存在感を作ろうとする姿勢を持っていたと振り返っている。
鳴き声を複数録音して選ぶという行動も、その姿勢の表れだ。
さんまは、与えられた役柄をそのまま演じるのではなく、自分の声や動き、間の取り方を加えて、独自のキャラクターへと変えていった。
③ キャラクターソングまで制作された人気
ブラックデビルは、番組内だけにとどまらなかった。
1982年9月5日には、キャラクターのテーマ曲「好きさブラックデビル」が発売されている。
歌ったのは「オレたち昔・アイドル族」というユニットで、山田太郎と美樹克彦が参加していた。
ニッポン放送の昭和歌謡を振り返る記事でも、この曲は『オレたちひょうきん族』の敵キャラクターの歌として紹介されている。
テレビのコントから楽曲へと展開したことは、ブラックデビルが番組の中でも印象的な存在だったことを示している。
④ 視聴者が本気で敵役を嫌うほどの存在感
2026年3月には、意外な形でブラックデビルの当時の印象が語られた。
お笑いタレントの劇団ひとりが、MBSテレビ『痛快!明石家電視台』で少年時代の思い出を披露したのだ。
父親の仕事の関係で小学校時代をアメリカのアラスカ州アンカレッジで過ごしていた劇団ひとりは、日本の友人から送られてくるテレビ番組の録画を楽しみにしていたという。
その中に『オレたちひょうきん族』があり、何度も繰り返し見ていた。
劇団ひとりは、タケちゃんマンを本物のヒーローのように感じていたため、ブラックデビルを「本当に嫌い」だったと明かした。
これは、ブラックデビルが単なる笑いの小道具ではなく、子どもの視聴者にとっても明確な敵役として機能していたことを示すエピソードだ。
【さんまの歴代キャラクターとブラックデビルの現在】2026年最新情報
ブラックデビルの成功後、さんまは『オレたちひょうきん族』でさまざまなキャラクターを演じた。
その多くは、単なる変装ではなく、声や動作、言葉遣いまで含めて作り込まれたものだった。
明石家さんまの代表的な歴代キャラクター
| キャラクター | 特徴 | 番組での位置づけ |
|---|---|---|
| ブラックデビル | 独特の鳴き声を持つ悪魔の怪人 | タケちゃんマンの宿敵 |
| アミダばばあ | 老婆姿のユニークなキャラクター | さんまの代表的な当たり役 |
| ナンデスカマン | 黄色と黒の衣装、頭の疑問符 | タケちゃんマンの敵役 |
| 知っとるケ | 妖怪のような姿で登場 | 独特の言葉遊びが特徴 |
| パーデンネン | 白塗りの顔と手の形をした帽子 | 「アホちゃいまんねん、ぱーでんねん」が決め言葉 |
これらのキャラクターは、さんまの変幻自在な表現力を象徴している。
特にブラックデビルは、さんまが怪人役を演じることの面白さを視聴者に強く印象づけた初期の代表作だった。
2026年10月最新:さんまが明かしたキャラクター制作の裏側
2026年10月21日放送のフジテレビ系『ホンマでっか!?TV』では、『オレたちひょうきん族』時代のキャラクター誕生秘話が話題になった。
翌22日付のスポニチアネックスによると、番組でブラックマヨネーズの小杉竜一から、キャラクターの名前や形を自分で考えていたのかと質問されたさんまは、次のように説明した。
半分ぐらいは、昼の『笑っていいとも』でトークの中でやったものを(形にした)。同じスタッフだったんで。
つまり、さんまのキャラクターは、最初から完成された設定や衣装が用意されていたものばかりではなかった。
昼のトークで生まれた発想を、共通するスタッフが衣装やキャラクターとして具体化する制作方法もあったという。
ブラックデビルの鳴き声を自分で考え、複数のパターンを録音したエピソードと合わせて考えると、さんまはキャラクター制作において、演者であると同時にアイデアを生み出す存在でもあったことが分かる。
2026年7月11日、ブラックデビルがテレビで復活
2026年7月11日放送のテレビ東京系『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』2時間半スペシャルでも、ブラックデビルが登場した。
テレビ東京の公式番組情報によると、明石家さんまは出川哲朗らと新潟を旅する企画に出演。
旅の途中で立ち寄ったスーパーでは、店長からのリクエストに応えてブラックデビルを披露し、店内を盛り上げたという。
この出演は、単なる過去映像の紹介ではない。さんま本人が、かつてのキャラクターを実際に演じた出来事だった。
1980年代の番組を知らない世代にも、ブラックデビルの存在を伝える機会になった。
2026年現在、ブラックデビルは引退したのか
ブラックデビルは、『オレたちひょうきん族』の放送終了後、当時のようなレギュラーキャラクターとして継続的に登場しているわけではない。
一方で、さんまの代表的な持ちネタとして、懐かしのキャラクターを振り返る番組や特別企画で取り上げられている。
2025年には交代の経緯を本人が説明し、2026年には実際にキャラクターを披露した。
したがって、現在のブラックデビルは、毎週の番組で活躍する現役の連続コントキャラクターというより、さんまの芸歴と昭和バラエティーを象徴するレジェンド的な存在と位置づけるのが適切だ。
【プロの結論】ブラックデビルが今も語り継がれる3つの理由
ブラックデビルの歴史を振り返ると、人気キャラクターが生まれる過程には、偶然だけでは説明できない要素がある。
第一に、キャラクターの基本設定が明確だったこと。
タケちゃんマンというヒーローに対する宿敵という役割があり、視聴者は登場した瞬間に何が始まるのか理解できた。
第二に、演者自身がキャラクターを育てたこと。
さんまは鳴き声の録音にまでこだわり、台本に書かれた役割を自分なりの表現へと発展させた。これは、与えられた設定を演じるだけの仕事とは違う。
第三に、相手役との関係がキャラクターの魅力を引き出したこと。
ブラックデビルは、タケちゃんマンを演じるビートたけしとの対決があってこそ成立した。さんまとたけしという異なる個性がぶつかることで、キャラクターに継続的な面白さが生まれた。
また、ブラックデビルの歴史を調べる際には、次の3点を区別すると情報を整理しやすい。
- 初代ブラックデビルは高田純次であり、さんまが最初から演じていたわけではない。
- 交代のきっかけは高田のおたふく風邪だが、さんまは当初、一日限りの代役という認識だった。
- 2026年の実演は、1980年代の番組がそのまま復活したという意味ではなく、さんまが伝説的なキャラクターを再披露したものだ。
この3点を押さえると、ブラックデビルの誕生秘話をめぐる誤解も少なくなる。
【さんまのブラックデビルに関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ブラックデビルの初代は誰ですか?
A1:初代は高田純次です。1981年10月24日放送の「ブラックデビル登場の巻」で登場し、その後、おたふく風邪による欠場をきっかけに明石家さんまが演じるようになりました。
Q2:なぜ高田純次から明石家さんまに交代したのですか?
A2:高田純次がおたふく風邪になり、出演できなくなったためです。収録現場に残っていたさんまが、三宅恵介ディレクターから依頼されて急きょ代役を務めました。
Q3:ブラックデビルの鳴き声は何ですか?
A3:「クワッ、クワッ!」が代表的な鳴き声です。さんまは初登場前に複数の鳴き声を録音し、ディレクターに意見を求めていました。
Q4:ブラックデビルの元ネタは何ですか?
A4:キャラクター資料では、昭和30年代のテレビ番組『少年ジェット』に登場する怪人が元ネタとして紹介されています。ただし、制作側による詳細な公式説明とは区別する必要があります。
Q5:ブラックデビルはタケちゃんマンとどんな関係ですか?
A5:ビートたけしが演じるタケちゃんマンの宿敵です。ヒーローと悪役の対決をコントにした名物企画で、さんまとたけしの掛け合いが人気を集めました。
Q6:2026年現在もブラックデビルは見られますか?
A6:はい。2026年7月11日放送の『出川哲朗の充電させてもらえませんか?』で、さんま本人がブラックデビルを披露しています。
まとめ:ブラックデビルは偶然の代役から生まれた昭和バラエティーの名キャラクター
明石家さんまのブラックデビルは、高田純次のおたふく風邪による欠場という予想外の出来事から誕生した。
当初は一日限りの代役だったが、さんまの表現力と鳴き声へのこだわり、そしてビートたけしとの掛け合いによって、番組を代表する人気キャラクターへと成長した。
2025年にはさんま本人が交代の舞台裏を語り、2026年には『ホンマでっか!?TV』でキャラクター制作の考え方が紹介された。さらに7月にはブラックデビルを実演し、10月にも昭和のキャラクターが改めて話題になっている。
ブラックデビルの最大の功績は、単なる変装や怪人のものまねを、演者の個性と共演者との掛け合いによって独立した笑いの世界にまで高めたことだ。
高田純次からさんまへと受け継がれた偶然のキャラクターは、40年以上の時を経た2026年現在も、明石家さんまの芸能史を語るうえで欠かせない存在であり続けている。