【競技を始めたのは何歳?】荒川静香の金メダルが人生を変えた

目次

小芝風花がフィギュアスケートを始めたのは、小学3年生、年齢では9歳ごろだった。

1997年4月16日生まれの小芝は、2006年のトリノオリンピックで荒川静香が金メダルを獲得したことをきっかけに、フィギュアスケートに興味を持つようになった。

もともとは約2年間、器械体操を習っていた。ところが、体操の練習を見学していた母親たちの間で「風花ちゃんはフィギュアスケートに向いていそう」という話が出たという。

そこで家族と一緒にスケートリンクへ出かけたところ、本人がすっかり夢中になった。

集英社のスポーツ専門メディア「web Sportiva」の2021年の本人インタビューでは、体操よりもスケートを習いたいと母親にお願いしたことが、競技を始めた直接のきっかけとして語られている。

最初に指導を受けたのは、大阪の臨海スポーツセンターにいた小関悦也コーチ。その後、平池大人コーチに師事した。

同じ練習環境には、後に日本のトップスケーターとなる友野一希や山本草太もいた。小芝自身もインタビューで、幼少期に一緒に練習した仲間との思い出を振り返っている。

母親の全面的なサポートで競技に打ち込む

小芝風花フィギュアスケート

小芝の競技生活を支えたのは、母親の存在だった。

フィギュアスケートは、レッスン費用やリンク使用料、衣装代など、継続するために多くの費用がかかる競技だ。

小芝の母親は、経済的な負担を抑えるために試合用の衣装を手作りしていた。

本人が2021年の「徹子の部屋」出演時に振り返ったところによると、毎回、母親が作ってくれる衣装を着て試合に出ることが楽しみだったという。

練習量も相当なものだった。

- 週6日を基本に練習。
- 学校へ行く前の早朝からリンクに通う。
- 夏休みには1日7時間ほど練習することもあった。
- 試合後はジャッジスコアを確認し、次の大会に向けた課題を設定。

単にスケートが好きというだけでなく、技術的な課題を一つずつ克服することに喜びを感じていた。

本人はSportivaのインタビューで、ジャンプの回転不足を確認し、次の試合で改善するという目標設定が楽しかったと話している。

【西日本8位の実力を検証】野辺山合宿・トリプルトウループ・ダブルアクセル

小芝風花フィギュアスケート

小芝風花のフィギュアスケート歴を調べると、趣味や習い事の範囲を超えた競技経験があったことが分かる。

特に注目したいのが、2010年の西日本大会での8位入賞と、2011年の競技記録だ。

2010年の西日本大会で8位入賞

小芝風花フィギュアスケート

日本スケート連盟の公式競技結果には、小芝風花の名前が残っている。

2010年8月13日から15日に開催された「第37回西日本中小学生フィギュアスケート競技会」で、小芝は6級ジュニア選手権女子に出場。

結果は次のとおりだった。


日本スケート連盟公式競技記録
8位
小芝風花/臨海フィギュアSC


大会
第37回西日本中小学生大会


開催期間
2010年8月13~15日


出場カテゴリー
6級ジュニア選手権女子


獲得得点
61.67点

出典:日本スケート連盟・平成22年度競技結果

ここで一つ、検索情報を読む際に注意したい点がある。

ネット記事では「西日本ジュニア選手権8位」と紹介されることもあるが、公式記録に掲載されている大会の正式名称は「西日本中小学生フィギュアスケート競技会」であり、出場カテゴリーが6級ジュニア選手権女子だった。

つまり、8位入賞そのものは公式記録で確認できる事実だが、大会名とカテゴリーは正確に区別する必要がある。

野辺山合宿にも参加した有望選手

小芝は、フィギュアスケート界で将来有望な選手を発掘するための「野辺山合宿」にも参加していた。

正式には全国有望新人発掘合宿と呼ばれるもので、競技力の高いジュニア世代の選手が集まる機会だ。

2021年のSportivaのインタビューで、小芝本人も参加経験を認めている。

合宿では、周囲の選手に混じって練習していたという。本人は当時、目立つことが苦手で、集団でスケーティングするときも中間や後方にいることが多かったと振り返った。

華やかな舞台で堂々と演技する現在の姿からは想像しにくい、内向的な一面もあったようだ。

トリプルトウループとダブルアクセルも習得

技術面でも、小芝は高いレベルに到達していた。

2021年1月放送のテレビ朝日「徹子の部屋」関連の番組紹介では、トリプルトウループを跳ぶことができたと紹介された。

また、同番組で紹介された過去の演技映像については、Smart FLASHも報道。14歳ごろの小芝がダブルアクセルなどを披露していたことを伝えている。

さらに、日本スケート連盟の2011年近畿フィギュアスケート選手権大会の公式記録には、小芝のフリースケーティングの技術要素として、次のジャンプが掲載されている。

- 2A:ダブルアクセル
- 3T:トリプルトウループ
- 2A+2T:ダブルアクセルとトウループのコンビネーション
- 3T+2T:トリプルトウループとトウループのコンビネーション

これは単にテレビ番組で紹介されたエピソードではなく、実際の競技記録からもジャンプ技術を確認できるということだ。

【アイスダンスでも全日本優勝】渡邊純也とのペアが残した実績

小芝風花の競技歴で、意外と知られていないのがアイスダンスへの挑戦だ。

一般的には女子シングルの選手というイメージが強いが、実際にはシングルとアイスダンスの両方に取り組んでいた。

渡邊純也と組んだアイスダンス

小芝がアイスダンスでペアを組んだ相手は、フィギュアスケーターの渡邊純也だった。

アイスダンスは、男女2人がペアとなり、音楽に合わせてステップやターン、リフトなどを組み合わせて演技する競技。

シングルのようにジャンプの難度だけを競うものではなく、2人の動きの一致や滑走技術、音楽表現などが求められる。

Sportivaの本人インタビューによると、最初は2人の歩幅や回転の癖が異なり、合わせることに苦労したという。

しかし、練習を重ねるうちにフリーレッグの使い方がきれいになり、スケーティングにも変化が現れた。

小芝は、その経験が並行して続けていたシングルの演技にも役立ったと振り返っている。

2011年の全日本ノービス選手権で優勝

公式記録で確認

2011年10月28日から30日に開催された「第15回全日本フィギュアスケートノービス選手権大会」。

小芝は渡邊純也と組み、ノービスダンス部門に出場した。

日本スケート連盟の公式採点記録では、小芝・渡邊組は29.35点で1位となっている。

なお、この部門の出場は2組だった。

ここで大切なのは、女子シングルで全日本優勝したわけではなく、アイスダンスのノービス部門で優勝したという点だ。

この違いを理解すると、小芝の競技歴をより正確に把握できる。

小芝風花の競技歴と関係人物・作品の整理

人物・大会・作品 関係性 確認できる内容
荒川静香 競技開始のきっかけ 2006年トリノ五輪金メダルを機にスケートに興味を持つ
浅田真央 芸能界入りのきっかけ CM出演に憧れてオーディション応募を考える
小関悦也 初期の指導者 大阪の臨海スポーツセンターで指導
平池大人 指導者 友野一希らと同じ練習環境
渡邊純也 アイスダンスのパートナー 2011年全日本ノービスのノービスダンス部門で優勝
友野一希 練習仲間 幼少期に同じコーチのもとで練習
山本草太 練習仲間 幼少期に一緒にリンクで過ごした仲間
『スケート靴の約束』 出演作品 2013年、競技経験を生かしたドラマに出演

【浅田真央のCMが転機】ガールズオーディション2011で芸能界入り

小芝風花が女優を目指すようになった理由は、最初から芸能界に強い憧れを持っていたからではない。

意外にも、フィギュアスケートへの情熱が芸能界への入口になった。

憧れの浅田真央が出演するCMに影響を受けた

当時、小芝が憧れていたのは、フィギュアスケート界のスターだった浅田真央。

浅田がスケートを滑りながら出演しているテレビCMを見て、「自分もこんなCMに出てみたい」と思ったという。

その何気ない言葉を聞いていたのが姉だった。

姉はオーディション雑誌を購入し、小芝に応募を勧めた。

このエピソードは、2013年のAudition&Debutの本人インタビューでも紹介されている。

最初から女優になろうと決めていたのではなく、好きなフィギュアスケートを通じてCMに興味を持ったことが始まりだった。

約3万5,000人の中からグランプリを獲得

小芝が応募したのは、2011年に開催された「ガールズオーディション2011」。

イオンとオスカープロモーションが関係する新人発掘オーディションで、武井咲の姉・妹役を探す企画としても知られていた。

応募者は約3万5,000人。

その中から小芝がグランプリに選ばれた。

本人は2025年2月のNHK「あさイチ」出演時にも、芸能界入りの経緯を振り返っている。

オーディションの特技披露では、フィギュアスケート以外に披露できるものがなかったため、試合用の衣装を着て、運動靴でスケートのプログラムを踊ったという。

氷の上ではなく、ステージ上でジャンプやスピンの動きを表現する、いわば陸上フィギュアだった。

本人は後年、このときの映像を恥ずかしい思い出として振り返っている。

しかし、結果的にはこのオーディションが人生を大きく変えた。

『スケート靴の約束』で競技経験を生かす

2013年12月25日放送


テレビ東京系・スペシャルドラマ
小芝風花は水元葉子役で出演。フィギュアスケートの経験を生かした演技が作品の見どころの一つとなった。

芸能界入り後も、フィギュアスケートとの縁は作品という形で続いていた。

2013年の『スケート靴の約束』は、名古屋の女子フィギュアスケートを題材にしたドラマだ。

小芝は本田望結らと共演し、競技経験者としてスケートに関わる役を演じた。

競技者として身につけた滑走技術が、女優としての仕事にもつながった象徴的な作品だった。

【小芝風花がスケートを辞めた理由】けがではなく芸能活動との両立が転機

小芝風花のスケート引退については、「けがで続けられなくなった」「大会で結果が出なかった」といったイメージを持つ人もいるかもしれない。

しかし、本人が語っている理由は少し違う。

大きな転機になったのは、芸能活動と競技生活の両立が難しくなったことだった。

最初からスケートを辞めるつもりではなかった

2023年のCHANTO WEBのインタビューで、小芝はオーディションに応募した当初、スケートを辞めるつもりはなかったと説明している。

当時はシングルとアイスダンスの両方に取り組んでおり、芸能活動をしながら競技も続けたいと考えていた。

シングルを続けるのが難しくても、東京でアイスダンスを習う方法があるのではないかと考えていたという。

しかし、グランプリ受賞後に上京すると、生活は一変した。

週6日の芸能レッスンが両立を難しくした

芸能界に入った小芝には、演技やダンスなどのレッスンが週6日ほど入るようになった。

フィギュアスケートも、毎日の練習が欠かせない競技だ。

数日練習を休むだけでも感覚を取り戻すのが大変で、両方に十分な時間を確保することは簡単ではなかった。

本人は、どちらも片手間では続けられないと考え、徐々に芸能活動に専念する決意を固めていった。

これは一度の出来事で突然引退したというより、新しい環境で仕事を続けるうちに選択が定まっていったという経緯だ。

本人のインタビューでは、オーディションで多くの応募者の中から選ばれた責任感も、決断を後押ししたことが語られている。

両膝の手術も経験していた

もう一つ、競技時代の重要なエピソードがある。

小芝は成長期に発症しやすいオスグッド・シュラッター病を経験していた。

これは膝の下部に痛みが生じるスポーツ障害の一つだ。

Sportivaの本人インタビューによると、医師からは成長期が終われば改善する可能性があると説明されたものの、小芝は練習に復帰したいという思いから両膝の手術を選択した。

術後は脚の筋肉が落ち、周囲から復帰を心配されるほどだったという。

しかし、本人は再び練習できる喜びを感じ、ジャンプも取り戻していった。

ここで押さえておきたいのは、膝の手術と競技引退は別の出来事だという点だ。

手術後に競技へ復帰しており、最終的にスケートを離れた主な理由として本人が説明しているのは、芸能活動との両立の難しさである。

【2026年現在の小芝風花】フィギュアスケート経験は女優業にどう生きている?

2026年10月30日現在、小芝風花は29歳。

所属事務所トップコートの公式プロフィールでは、2026年もドラマや映画を中心に活動している。

主な出演・活動は次のとおりだ。

- NHK総合『事件は、その周りで起きている3』(2026年3月)
- NHK BSプレミアム『あきない世傳 金と銀3』(2026年4月~5月)
- 映画『えんとつ町のプペル ~約束の時計台~』(2026年3月27日公開、ナギ役)

また、『あきない世傳 金と銀』の完結編についても、2026年12月26日のBSP4K、2027年1月1日のNHK BSでの放送予定が公式に発表されている。

現役選手として復帰している?

現在の小芝について、フィギュアスケート競技への現役復帰を示す公式発表は確認できない。

現在は女優としての仕事が中心であり、かつてのように競技会に出場する選手として活動しているわけではない。

ただし、スケートへの関心が完全になくなったわけではない。

2021年のSportivaのインタビューでは、憧れのスケーターとして鈴木明子の名前を挙げ、坂本花織のジャンプについても評価していた。

現役時代に培った競技を見る視点は、選手を応援する立場になっても残っている。

フィギュアスケートが現在の演技力に与えた影響

フィギュアスケートと女優業には、意外な共通点がある。

それは、技術と表現力を同時に磨く必要があることだ。

フィギュアスケートでは、ジャンプやスピンができるだけでは高い評価につながらない。音楽に合わせた身体表現、動きの美しさ、演技全体の構成も求められる。

一方、俳優も台詞を正確に覚えるだけでは十分ではない。

身体の動き、表情、視線、声の使い方などを通じて、役柄の感情を伝える必要がある。

小芝の場合、約5年間の競技生活で培った次の能力が、女優としての経験にもつながっていると考えられる。

- 身体表現力:音楽や動きに合わせて感情を表現する力。
- 集中力:練習や本番で一つの課題に取り組む姿勢。
- 目標設定力:できなかった技術を分析し、次の目標に変える習慣。
- 継続力:毎日の練習を積み重ねる経験。
- 精神力:けがや環境の変化を乗り越える経験。

特に本人がSportivaの取材で話した、試合後の採点表を確認して次の課題を見つけるという習慣は興味深い。

結果だけに一喜一憂するのではなく、改善点を具体化して次の挑戦につなげる。

この姿勢は、作品ごとに異なる役柄を演じる俳優の仕事にも通じるものがある。

【プロの結論】小芝風花のフィギュアスケート歴を正しく理解する3つのポイント

小芝風花の競技生活を振り返ると、単に「子どものころにスケートを習っていた女優」という説明では収まらない経歴が見えてくる。

特に重要なのは、次の3点だ。

1. 西日本8位は実際の競技記録に裏付けられている。

2010年の西日本中小学生フィギュアスケート競技会で、6級ジュニア選手権女子8位という結果を残している。日本スケート連盟の公式記録にも名前と得点が掲載されている。

2. 全日本優勝はアイスダンス部門での実績。

2011年の全日本ノービス選手権では、渡邊純也とのペアでノービスダンス部門1位を獲得した。女子シングルの全日本優勝とは異なるが、競技者としての実績を示す重要な記録だ。

3. スケートを辞めたのは芸能活動への転身が理由。

膝の手術を経験しながらも競技に復帰しており、最終的には芸能活動との両立が難しくなったことで女優業に専念する道を選んだ。

情報を見極める際には、次の区別を意識すると誤解が少なくなる。

よくある紹介・疑問 正確に理解するためのポイント
西日本ジュニア選手権8位 2010年の西日本中小学生大会・6級ジュニア選手権女子8位
全日本選手権優勝 2011年の全日本ノービス・アイスダンス部門で優勝
スケートを辞めたのはけが? 手術後に復帰。引退の主な理由は芸能活動との両立
芸能界入りは女優への憧れ? 浅田真央のCMへの憧れが最初のきっかけ
現在も選手として活動? 2026年現在は女優業が中心

小芝風花の経歴を知るうえで大切なのは、順位だけで競技生活を評価しないことだ。

シングルでの大会成績、アイスダンスでの優勝、野辺山合宿への参加、そして技術を磨くための努力。それぞれが彼女の競技人生を構成している。


【小芝風花のフィギュアスケート歴】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:小芝風花は何歳からフィギュアスケートを始めた?

小学3年生から始めた。1997年4月生まれのため、年齢では9歳ごろに競技を始めたことになる。

Q2:小芝風花のフィギュアスケートの最高成績は?

2010年の西日本中小学生フィギュアスケート競技会で6級ジュニア選手権女子8位。さらに2011年には渡邊純也とのペアで、全日本ノービス選手権のアイスダンス部門で優勝している。

Q3:小芝風花はダブルアクセルやトリプルトウループを跳べた?

跳べた。2021年のテレビ番組関連報道でトリプルトウループが紹介され、日本スケート連盟の2011年近畿選手権の公式記録にもダブルアクセルやトリプルトウループの技術要素が残っている。

Q4:小芝風花が参加した野辺山合宿とは?

将来有望なフィギュアスケート選手を発掘するための全国有望新人発掘合宿。小芝本人もSportivaのインタビューで参加経験を明かしている。

Q5:小芝風花がフィギュアスケートを辞めた理由は?

芸能活動との両立が難しくなったため。上京後、演技やダンスなどのレッスンが週6日ほど入り、毎日の練習が必要なスケートを続けることが困難になった。

Q6:小芝風花は現在もフィギュアスケートをしている?

2026年現在、競技選手としての現役復帰は公表されていない。現在はドラマや映画などを中心に女優として活動している。

Q7:小芝風花が芸能界に入ったきっかけは?

浅田真央が出演していたCMに憧れたこと。姉の勧めで2011年のガールズオーディションに応募し、約3万5,000人の中からグランプリを獲得した。


まとめ:小芝風花のフィギュアスケート歴は女優人生の原点だった

小芝風花のフィギュアスケート歴をたどると、小学3年生から中学2年生までの約5年間が、現在の女優人生につながる大切な時間だったことが分かる。

荒川静香の金メダルをきっかけに競技を始め、浅田真央のCMに憧れて芸能界入りを決意する。西日本大会8位、野辺山合宿への参加、トリプルトウループやダブルアクセルへの挑戦、そして渡邊純也とのアイスダンスでの全日本ノービス優勝。

その競技生活には、確かな実績と積み重ねた努力があった。

スケートを離れた理由も、競技への情熱を失ったからではなく、新しい世界で本気で挑戦するための選択だった。

2026年現在、29歳となった小芝風花は、数々のドラマや映画で幅広い役柄を演じている。

かつて氷上で磨いた集中力、表現力、そして目標に向かって努力する姿勢。それらは形を変えながら、現在の俳優活動にも息づいている。

フィギュアスケートは小芝風花にとって過去の習い事ではない。女優として歩み始める前の原点であり、現在の表現力を支える大切な経験なのである。