マラドーナ神の手の真相は?1986年W杯の誤審と世紀のゴールを徹底解説
マラドーナの「神の手ゴール」は、1986年6月22日、メキシコで開催されたFIFAワールドカップ準々決勝、アルゼンチン対イングランド戦で生まれたサッカー史上最も有名な問題の一つだ。ディエゴ・マラドーナはイングランドのGKピーター・シルトンと競り合った際、左手でボールを押し込み、先制点を記録した。主審アリ・ビン・ナセルはこの得点を認め、アルゼンチンが2対1で勝利した。
2026年10月現在、FIFAの公式記録でもこの試合の結果とマラドーナの得点はそのまま残っている。一方、FIFA自身の回顧記事は、最初のゴールが手によって決められたことを明確に紹介している。さらに、直後に生まれた「世紀のゴール」、マラドーナ本人による後年の告白、2026年に再び話題となった試合球のオークションまで振り返ると、この出来事が単なる誤審では片付けられない歴史的事件だったことが分かる。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 神の手の正体:1986年6月22日、マラドーナが左手でボールを押し込み、ピーター・シルトンの頭上を越えて決めたゴール。
- 誤審の経緯:主審アリ・ビン・ナセルと副審ボグダン・ドチェフはハンドを判定できず、得点が認められた。
- 本人の告白:2005年、マラドーナは手を使ったことを認め、2018年にはVARがあれば得点は認められなかったと語った。
- もう一つの伝説:わずか約4分後、同じ試合で「世紀のゴール」が誕生した。
- 2026年最新情報:神の手ゴールに使われた試合球が2026年8月、米国のオークションで約335万ドルで落札された。
【まず結論】マラドーナの神の手ゴールとは何だったのか?

神の手ゴールとは、アルゼンチン代表の主将ディエゴ・マラドーナが1986年メキシコワールドカップのイングランド戦で決めた、左手を使った先制ゴールの通称である。
試合が行われたのは、メキシコシティのエスタディオ・アステカ。日付は1986年6月22日。両チーム無得点で迎えた後半6分、公式記録上の51分に問題の場面が訪れた。
イングランドのMFスティーブ・ホッジが自陣ゴール方向へ蹴り返したボールが高く浮き、GKピーター・シルトンの前に落ちてくる。そこへ走り込んだマラドーナがシルトンと競り合い、左手でボールをゴール方向へ押し込んだ。
ボールはゴールに入り、主審アリ・ビン・ナセルは得点を認めた。イングランドの選手たちは激しく抗議したが、判定は覆らなかった。
このゴールをマラドーナ自身が「神の手」と表現したことから、世界中にその名称が広まった。
ここで押さえておきたいのは、神の手という呼び名が宗教的な奇跡を意味するわけではないことだ。実際には、マラドーナが自らの身体的な動作と審判の死角を利用して決めた、意図的なハンドによるゴールだった。
FIFAの2018年の回顧記事も、映像によって頭より手の関与が大きかったことが明らかになったと説明している。2025年の公式試合特集でも、マラドーナが拳でボールをゴールへ押し込んだ経緯が紹介されている。
【発生の経緯】スティーブ・ホッジ、シルトン、マラドーナの3人が交差した瞬間

神の手ゴールを理解するには、ボールがマラドーナの前に現れるまでの流れを確認する必要がある。
スティーブ・ホッジのバックパスが発端だった

後半51分、マラドーナはホルヘ・バルダーノとの連係からイングランドのペナルティーエリア付近へ進入した。ボールは混戦の中でイングランドのMFスティーブ・ホッジの前に転がる。
ホッジは左足でボールを処理し、GKシルトンへ戻そうとした。しかし、ボールは予想以上に高く浮き上がり、ゴール前へ向かう軌道を描いた。
FIFAが2016年に掲載したホッジ本人へのインタビューによると、彼は当時、マラドーナが自分の背後から走り込んでいることを十分に把握していなかった。左足で意図したバックパスを蹴ったものの、直後にボールが自分たちのゴールへ入る展開になったという。
当時は現在のようにゴールキーパーへのバックパスを手で処理できないというルールはなかった。1992年にバックパスに関する規則が変更される前の出来事であり、ホッジの判断そのものを現代のルールで評価してはいけない。
マラドーナはシルトンより先に左手で触れた
浮き上がったボールを処理しようと、イングランドのGKシルトンが前に出る。マラドーナもジャンプし、空中で競り合った。
シルトンはボールをパンチングしようとしたが、マラドーナは左手を伸ばしてボールを押し込んだ。映像を確認すると、頭で競り勝ったように見える瞬間の裏で、左手が決定的な接触をしている。
マラドーナはゴール後、すぐに喜びを爆発させた。しかし、その様子には審判の反応を確認するような動きもあった。
一方、シルトンはすぐに抗議した。周囲のイングランド選手たちもハンドを主張したが、主審はゴールを認めた。
スティーブ・ホッジは試合後、マラドーナとユニフォームを交換した
この事件には、もう一つ興味深いエピソードがある。ホッジは試合終了後、マラドーナとユニフォームを交換した。
FIFAのインタビューでホッジは、交換した時点では問題のハンドを映像で確認していなかったと振り返っている。後にロッカールームでチームメートから説明を受け、初めて不正なプレーがあったことを理解した。
ホッジは、もし交換前に事情を知っていたら、ユニフォームを交換しなかっただろうとも語っている。
このユニフォームは長く英国の国立サッカー博物館に貸し出され、2002年から展示されてきた。2022年にはマラドーナ本人が着用した別のユニフォームが約710万ポンドで落札され、大きな話題になった。
【判定の真相】主審アリ・ビン・ナセルはなぜハンドを見逃したのか?
神の手ゴールが現在まで議論される最大の理由は、明白なハンドに見えるプレーが、ワールドカップの公式得点として認められたことにある。
当時の審判団は、主審のアリ・ビン・ナセルと副審のボグダン・ドチェフらで構成されていた。主審がどの位置からプレーを見ていたのか、そして副審が何を認識していたのかが、判定をめぐる重要な論点になっている。
アリ・ビン・ナセル本人の説明
2020年11月、BBC Sportはビン・ナセル本人への取材を掲載した。
ビン・ナセルによれば、マラドーナとシルトンは主審から見て背中を向ける形で競り合っており、プレーを直接確認しにくい位置関係だった。
そこで彼は、より良い位置にいたと考えた副審ドチェフを確認した。副審がセンターライン方向へ戻っていたため、ゴールを認める判断を尊重したという。
同氏は、当時のFIFAから、同僚の審判員がより良い位置にいる場合には、その判断を尊重するよう指示されていたと説明している。
また、イングランドの選手たちが抗議したことについても、当時の状況を振り返っている。主将格の選手だったゲーリー・リネカーからハンドを訴えられたが、プレーを続けるよう促したという。
副審ボグダン・ドチェフとの証言の食い違い
この説明には、もう一つの問題がある。
ビン・ナセルによると、副審はゴールを認める方向に動いていた。一方、BBCの取材では、ドチェフは後年、FIFAは当時、副審が主審と判定について話し合うことを認めていなかったと説明したと紹介されている。
ドチェフはさらに、重要な試合に欧州出身の主審が配置されていれば、ゴールは認められなかったはずだという趣旨の発言も残している。
つまり、問題は単に主審が見落としたというだけではない。主審と副審の視野、連絡方法、判定の責任範囲が複雑に絡んでいた。
現在のサッカー規則で見ればどうなる?
現在のIFAB競技規則第12条では、選手が手や腕を使って直接ゴールを決める行為は、偶然の接触であっても反則として扱われる。
また、意図的に手や腕でボールに触れる行為もハンドの反則となる。マラドーナのプレーは、映像と本人の説明を踏まえれば、得点として認めるべきではなかったプレーだ。
ただし、1986年当時にはVARが存在しなかった。現在のように複数のカメラ映像を確認し、ゴールに関わる反則を検証する仕組みはなかったのである。
FIFAが2018年に掲載したマラドーナへのインタビューでも、本人はVARが当時存在していれば、このゴールは認められなかったと認めている。
【マラドーナ本人の証言】神の手ゴールの真相を本人はどう語った?
神の手ゴールの真相を理解するうえで欠かせないのが、マラドーナ自身の発言だ。
彼は試合直後から独特の表現でこの得点を説明し、後年には実際に手を使ったことを認めている。
「マラドーナの頭と神の手で少しずつ」
このゴールを世界的に有名にしたのが、マラドーナの次の言葉だった。
「マラドーナの頭で少し、神の手で少し決めた」
出典:FIFA公式記事に掲載された本人の発言
スペイン語では「un poco con la cabeza de Maradona y otro poco con la mano de Dios」と表現される。
一見すると冗談のような説明だが、これが神の手という名称を世界に定着させるきっかけになった。
当初は頭で決めたように振る舞いながら、手を使ったことを神の力に例える。このユーモアと大胆さが、マラドーナという選手の強烈な個性を象徴している。
2005年、本人が意図的なハンドを認める
2005年8月、マラドーナは自身のテレビ番組で、神の手ゴールについて改めて説明した。
AFPが配信し、ABC Newsなどが報じた内容によると、本人は手を使って得点したことを認め、次のように語った。
「手で決めたあのゴールを、少しも後悔していない」
出典:2005年8月の本人のテレビ番組での発言を報じたABC News
マラドーナは、シルトンの身長が自分より高く、通常のヘディングでは届かなかったと説明している。そして、ボールがゴールに入った後、副審がセンターサークル方向へ戻っていくのを確認したという。
また、ゴール直後にチームメートがすぐに祝福に来なかったことにも触れている。選手たちもハンドの疑いを感じていたため、得点が認められるか不安だったという。
本人の告白によって、神の手ゴールが偶然の接触ではなく、意図的なプレーだったという認識はさらに強まった。
2018年にはVARの必要性を認めた
興味深いのは、マラドーナが後年、VARの導入を支持していたことだ。
FIFAの2018年3月のインタビューでは、テクノロジーによって誤った判定を減らし、試合の透明性を高めることに賛同している。
さらに、自身の神の手ゴールについても、映像確認の仕組みがあれば認められなかったと笑いながら話した。
これは非常に重要な証言だ。マラドーナは自分の伝説的な得点を単に正当化するのではなく、現代の競技環境では成立しないプレーだったことを理解していた。
【比較・関係者一覧】神の手ゴールと世紀のゴールは何が違う?
マラドーナの神の手ゴールを語るとき、必ず比較されるのが、そのわずか約4分後に生まれた「世紀のゴール」だ。
1986年のアルゼンチン対イングランド戦では、同じ選手が正反対の性質を持つ2つのゴールを決めた。片方は審判の見逃しによって成立した反則の得点、もう片方は個人技の極致と評価される芸術的な得点である。
まず、試合と関係者の基本情報を整理しておこう。
| 項目・人物 | 内容・役割 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 試合日 | 1986年6月22日 | メキシコW杯準々決勝 |
| 会場 | エスタディオ・アステカ | メキシコシティで開催 |
| 試合結果 | アルゼンチン2-1イングランド | アルゼンチンが準決勝進出 |
| 観客数 | 114,580人 | FIFA公式試合特集の記録 |
| ディエゴ・マラドーナ | アルゼンチン代表主将 | 51分と55分に2得点 |
| ピーター・シルトン | イングランド代表GK | 神の手ゴールと世紀のゴールの両方に関与 |
| スティーブ・ホッジ | イングランド代表MF | バックパスが神の手ゴールの発端となった |
| アリ・ビン・ナセル | チュニジア出身の主審 | 神の手ゴールを認めた審判 |
| ボグダン・ドチェフ | ブルガリア出身の副審 | 判定をめぐる証言の中心人物 |
| ホルヘ・バルダーノ | アルゼンチン代表FW | 神の手ゴールの前段階で連係に参加 |
| ゲーリー・リネカー | イングランド代表FW | イングランドの唯一の得点者 |
神の手ゴール:51分の問題の先制点
最初のゴールは、ホッジのバックパスをきっかけに生まれた。マラドーナはシルトンとの競り合いで左手を使い、ボールをゴールへ押し込んだ。
プレーの技術的な難しさよりも、審判の死角を突いたことと、本人が後年に認めた意図的なハンドが歴史的な議論を生んでいる。
世紀のゴール:55分の驚異的なドリブル
神の手ゴールからわずか約4分後、マラドーナは今度こそ純粋なサッカー技術で世界を驚かせた。
アルゼンチンのエクトル・エンリケからパスを受けたマラドーナは、自陣に近い位置からドリブルを開始。ピーター・リード、ピーター・ベアズリーらをかわし、テリー・ブッチャーやテリー・フェンウィックらの守備を突破した。
最後はGKシルトンもかわし、無人のゴールへボールを流し込んだ。
このゴールは、後にFIFAワールドカップの「Goal of the Century」、すなわち世紀のゴールに選ばれた。FIFAが2026年に掲載した特集でも、マラドーナの歴史的な個人技として改めて取り上げられている。
両者の違いは明確だ。神の手ゴールは審判の判定によって成立した問題のある得点であり、世紀のゴールはドリブル、スピード、バランス、ボールコントロールが結びついた圧倒的な技術の結晶だった。
なぜ2つのゴールが同時に伝説になったのか
普通なら、反則によって生まれたゴールは選手の評価を下げる要因になる。しかしマラドーナの場合、その直後に誰もが認める圧巻のゴールを決めた。
疑惑の得点で先制し、直後に個人技で追加点を奪う。この対照的な展開が、試合そのものをサッカー史に残る物語へと変えた。
アルゼンチンはその後、イングランドのリネカーに得点を許したものの、2対1で逃げ切った。さらに準決勝、決勝も勝ち抜き、1986年大会の優勝を果たした。
【2026年最新】FIFA公式記録と神の手ゴールの試合球に何が起きた?
2026年は、メキシコW杯で神の手ゴールが生まれてから40年という節目の年だ。FIFAやアルゼンチンサッカー協会は、この歴史的な試合を改めて取り上げている。
FIFA公式記録では現在もマラドーナの得点
FIFAが2025年2月に公開したアルゼンチン対イングランド戦の特集では、試合結果は2対1、マラドーナの得点は51分と55分として記録されている。観客数は114,580人とされている。
また、2026年5月31日には、FIFAが「世紀のゴール」を紹介する特集記事を公開した。同記事でも、1986年のイングランド戦における55分の得点が、後にワールドカップ史上最高のゴールとして選ばれたことが紹介されている。
さらに、2026年7月17日には、FIFA公式サイトで1986年イングランド戦の55分のゴール映像も掲載された。
ここで注意したいのは、FIFAの公式試合記録に得点が残っていることと、そのプレーが正当だったことは別問題だという点である。
公式記録上はマラドーナの得点として成立している。しかしFIFAの回顧記事は、手でボールを押し込んだことや、当時の審判が反則を見逃したことも紹介している。
つまり、2026年現在も神の手ゴールは公式結果に残る一方、歴史的な誤審としての評価も変わっていない。
2026年8月、神の手ゴールの試合球が約335万ドルで落札
2026年の大きなニュースとなったのが、神の手ゴールが生まれた試合で使用されたボールのオークションだ。
2026年8月24日、BBC SportやアイルランドのRTÉなどが報じたところによると、試合球のアディダス製「アステカ」は米国のHeritage Auctionsで約335万ドル(約250万ポンド)で落札された。
このボールは1986年の試合を担当したアリ・ビン・ナセルが試合終了後に保管していたものだ。本人は長年にわたって所有した後、2022年に約237万ドルで売却している。その後、別の所有者の手に渡り、2026年に再びオークションへ出品された。
2023年には、ビン・ナセルが試合で使用された唯一のボールであることを確認する書面に署名しており、独立した鑑定による確認も報じられている。
今回の落札額は約1,000万ドルという事前予想には届かなかったものの、サッカー史に残る試合の実物資料として大きな注目を集めた。
なお、これはFIFAによる公式記録の更新や判定の変更ではない。歴史的な試合球がコレクター市場で再評価された出来事である。
アルゼンチンサッカー協会も40周年の歴史を振り返る
アルゼンチンサッカー協会(AFA)も2026年6月8日、神の手ゴールと世紀のゴールを振り返る公式記事を公開した。
同協会は、1986年6月22日の試合を、わずか4分間にマラドーナがサッカー史に残る2つのプレーを生み出した特別な一日として紹介している。
興味深いのは、アルゼンチン側の公式な振り返りでも、神の手と世紀のゴールが切り離せない歴史的な出来事として扱われていることだ。
アルゼンチンにとっては、イングランドを破り世界制覇への道を切り開いた試合である。一方、イングランドにとっては、誤審によって勝敗を左右された記憶が残る試合でもある。
【プロの結論】神の手ゴールは誤審だったのか?歴史的評価を整理
神の手ゴールの評価を考える際には、3つの異なる視点を分ける必要がある。
1. 競技規則の視点では認められるべき得点ではなかった
映像とマラドーナ本人の証言を照らし合わせれば、左手を使ったことは明らかだ。意図的に手でボールを押し込んだ以上、正当な得点とは評価できない。
現在のIFAB競技規則でも、得点者が手や腕で直接ゴールを決める行為は認められない。競技の公平性という観点からは、ハンドを見逃した誤審と評価するのが妥当だ。
2. 公式記録の視点ではアルゼンチンの2対1の勝利は変わらない
試合終了時に認められた得点は、そのまま公式結果として記録されている。後年の証言や映像検証によって、歴史的な誤審が明らかになっても、当時の試合結果が自動的に変更されるわけではない。
この区別を理解しておけば、「FIFAが公式に認めたから正しいゴールだった」という誤解を避けられる。
3. マラドーナのサッカー史上の評価は神の手だけでは決まらない
マラドーナの1986年大会における評価は、神の手ゴールだけで形成されたものではない。
その直後に決めた世紀のゴールは、個人技によって試合を支配できる選手だったことを示している。FIFAが後にこのプレーをワールドカップ史上最高のゴールとして評価したことも、その実力を裏付けている。
神の手は競技上の不正なプレーだった。しかし、それだけで彼の技術や大会全体での活躍を否定することもできない。
また、1986年の試合は1982年のフォークランド紛争から4年後に行われた。両国の対戦には政治的・歴史的な緊張が重なっていた。マラドーナ自身も後年、神の手ゴールをイングランドに対する象徴的な報復という文脈で語っている。
こうした背景を踏まえると、このゴールが単なるルール違反を超えて、国民感情や歴史認識まで巻き込む象徴的な事件になった理由が見えてくる。
プロの結論は明確だ。神の手ゴールは競技上の誤審であり、世紀のゴールはマラドーナの卓越した技術を示す正当な得点である。この2つを区別して評価することが、1986年の試合を正確に理解する最も重要な判断基準となる。
マラドーナの神の手ゴールに関するよくある質問(FAQ)
Q1:マラドーナの神の手ゴールは本当に左手で決めたの?
A1:はい。映像では、マラドーナがGKピーター・シルトンとの競り合いで左手を使い、ボールをゴールへ押し込んでいる。本人も2005年のテレビ番組で、手を使って得点したことを認めている。
Q2:神の手ゴールを認めた主審は誰?
A2:チュニジア出身のアリ・ビン・ナセルだ。副審ボグダン・ドチェフの位置と動きを確認したうえで得点を認めたと、本人がBBCのインタビューで説明している。
Q3:神の手ゴールと世紀のゴールは同じ試合で生まれた?
A3:同じ試合で生まれた。1986年6月22日のアルゼンチン対イングランド戦で、神の手ゴールが51分、世紀のゴールが55分に記録されている。わずか約4分の間に生まれた2つの得点だ。
Q4:2026年現在、FIFAは神の手ゴールを公式記録から削除した?
A4:削除していない。FIFAの公式試合記録では、マラドーナの51分の得点として残っている。ただし、FIFAの回顧記事では手を使ったプレーだったことも明確に紹介されている。
Q5:2026年に神の手ゴールのボールはいくらで売れた?
A5:2026年8月のHeritage Auctionsで約335万ドル(約250万ポンド)で落札されたと報じられている。このボールは試合を担当したアリ・ビン・ナセルが保管していたアディダス製アステカだ。
まとめ:マラドーナ神の手の真相は誤審と天才的な技術が交差した歴史的事件
マラドーナの神の手ゴールは、1986年6月22日のメキシコワールドカップ準々決勝で生まれた。スティーブ・ホッジのバックパスをきっかけに、マラドーナがピーター・シルトンとの競り合いで左手を使い、先制点を決めた。
主審アリ・ビン・ナセルは得点を認めたが、後年の映像検証と本人の告白によって、ハンドだったことは明確になっている。
さらに約4分後、マラドーナは世紀のゴールを決め、同じ試合で不正と芸術という正反対の2つの伝説を残した。
2026年にはFIFAが40年前の歴史的なプレーを改めて紹介し、神の手ゴールに使われた試合球も約335万ドルで落札された。40年が経過しても、この試合への関心は衰えていない。
神の手ゴールを正しく理解するには、公式記録に残る結果、実際のプレー映像、審判団の証言、マラドーナ本人の発言をそれぞれ確認することが大切だ。誤審だったという事実と、彼が1986年大会で見せた圧倒的な実力。その両方を知ることで、マラドーナという選手がサッカー史に残した本当の意味が見えてくる。
主な事実確認資料: FIFA公式特集(1986年試合記録・2026年特集)、アルゼンチンサッカー協会(2026年6月)、BBC Sport(審判・選手の証言)、ABC News(2005年の本人の告白)、IFAB競技規則、RTÉ(2026年8月の試合球落札報道)。
上記の公式記録・証言・2026年の報道を照合して構成しています。