【2026年最新】ブルガリア出身の現役力士はいる?歴代の顔ぶれと現在
2026年10月現在、日本相撲協会の公式力士検索でブルガリア出身の現役力士を検索すると、該当者は表示されません。
幕内で活躍した代表的なブルガリア出身力士は、琴欧洲と碧山です。両者は同じ国の出身というだけでなく、レスリングを背景に持ち、日本の相撲界でキャリアを築いたという共通点があります。
現在の所属先と立場を整理すると、次のようになります。
- 琴欧洲(鳴戸勝紀): 2014年3月に引退。2015年2月に年寄「鳴戸」を襲名し、2017年4月に鳴戸部屋を創設。
- 碧山(古田亘右): 2024年9月に引退。同日、年寄「岩友」を襲名し、春日野部屋で後進を指導。
特に注目したいのは、ブルガリア出身力士が現役を退いた後も、2人とも日本相撲協会に残っていることです。
外国出身力士が日本の相撲界で親方になる道を切り開いた存在としても、琴欧洲と碧山の歩みには大きな意味があります。日本相撲協会の現役力士検索と年寄プロフィールにも、現在の状況が掲載されています。【日本相撲協会公式記録】
【元大関・琴欧洲】経歴と生涯成績、大関昇進までの軌跡
琴欧洲勝紀・現在の鳴戸親方
元大関・琴欧洲は、ブルガリア出身力士の歴史を語るうえで欠かせない人物です。
本名はカロヤン・ステファノフ・マハリャノフ。1983年2月19日、ブルガリア中部のベリコタルノボで生まれました。
身長202cmの恵まれた体格と、レスリングで培った身体能力を武器に、日本の大相撲で急速に番付を上げました。
レスリング選手から佐渡ヶ嶽部屋へ

琴欧洲はもともとレスリングに取り組んでいました。
日本人関係者からの誘いをきっかけに来日し、当初は体験入門のつもりだったものの、大相撲の世界に魅力を感じて入門を決意します。
2002年9月に佐渡ヶ嶽部屋へ正式に入門し、同年11月場所で初土俵を踏みました。
日本の生活や相撲独特の稽古に適応しながら番付を上げ、2004年5月には十両、同年9月には幕内へ昇進。2005年には三役入りを果たしています。
当時の琴欧洲は、右四つからの寄りを得意とする力士でした。長い腕と懐の深さを生かし、相手に十分な体勢を与えずに攻める相撲が持ち味でした。【日本相撲協会公式プロフィール・スポーツ報道】
2006年1月場所に大関昇進
琴欧洲のキャリアにおける最大の転換点は、2006年1月場所での大関昇進です。
2005年の九州場所までの3場所で合計36勝を挙げ、安定した成績と上位力士を破る実力が評価されました。
これにより、琴欧洲はヨーロッパ出身力士として初めて大関に昇進しました。
その後も大関として長く土俵を務め、2008年5月場所には14勝1敗で幕内初優勝を達成。ヨーロッパ出身力士として初の幕内優勝という歴史的な実績も残しています。
大関在位は47場所。昇進だけでなく、その地位を長期間維持した点も高く評価される理由です。【日本相撲協会公式記録・日刊スポーツ】
琴欧洲の生涯成績・プロフィール
日本相撲協会の公式プロフィールに掲載されている記録は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 琴欧洲勝紀 |
| 本名 | 安藤カロヤン |
| 生年月日 | 1983年2月19日 |
| 出身地 | ブルガリア・ベリコタルノボ |
| 所属部屋 | 佐渡ヶ嶽部屋 |
| 初土俵 | 2002年11月場所 |
| 新入幕 | 2004年9月場所 |
| 大関昇進 | 2006年1月場所 |
| 最高位 | 大関 |
| 幕内優勝 | 1回 |
| 大関在位 | 47場所 |
| 生涯戦歴 | 537勝337敗63休 |
| 幕内戦歴 | 466勝322敗63休 |
| 引退場所 | 2014年3月場所 |
出典:日本相撲協会「琴欧洲勝紀 力士プロフィール」「歴代大関」
琴欧洲の成績で特に注目したいのは、幕内優勝1回だけではありません。
殊勲賞2回、敢闘賞3回という受賞歴に加え、大関として47場所を務めた実績があります。外国出身という話題性だけで評価されたのではなく、長期にわたって幕内上位で結果を残した力士でした。
【元関脇・碧山】亘右の経歴と最高位、春日野部屋への移籍
碧山亘右・現在の岩友親方
琴欧洲に続くブルガリア出身の実力者が、元関脇・碧山です。
本名は古田亘右。1986年6月19日、ブルガリア南東部のヤンボルで生まれました。
身長191cm、体重181kgという体格を生かした突き押しが特徴で、幕内で長く活躍しました。
琴欧洲の勧誘で角界入り
碧山も琴欧洲と同様、ブルガリア国立スポーツ大学でレスリングを学んでいました。
入門のきっかけとなったのは、大学の先輩にあたる琴欧洲の存在です。
日刊ゲンダイの相撲関連記事によると、琴欧洲から大相撲への入門を勧められ、当初は断っていたものの、その熱意を受けて日本行きを決断しました。
2009年7月場所、元幕内・久島海が師匠を務めていた田子ノ浦部屋から初土俵を踏みます。
2011年7月場所に新十両、同年11月場所には新入幕を果たしました。【日刊ゲンダイ・日本相撲協会公式プロフィール】
2012年に春日野部屋へ移籍
碧山の相撲人生を振り返るうえで重要なのが、2012年2月の部屋移籍です。
入門当初の師匠だった田子ノ浦親方(元久島海)が急逝したため、碧山は春日野部屋へ移籍することになりました。
この移籍は、本人にとって大きな環境の変化でした。
日刊スポーツの相撲関連記事では、碧山自身が春日野部屋への移籍について振り返り、関取が多い環境でさらに強くなれると考えたことや、移籍先への感謝を語っています。
その後、2012年9月場所に新三役、2014年11月場所には新関脇へ昇進しました。【日刊スポーツ・スポーツニッポン】
碧山の生涯成績と主な受賞歴
日本相撲協会の公式プロフィールによる碧山の記録は次のとおりです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 四股名 | 碧山亘右 |
| 本名 | 古田亘右 |
| 生年月日 | 1986年6月19日 |
| 出身地 | ブルガリア・ヤンボル |
| 初土俵 | 2009年7月場所 |
| 新十両 | 2011年7月場所 |
| 新入幕 | 2011年11月場所 |
| 新三役 | 2012年9月場所 |
| 最高位 | 関脇 |
| 幕内優勝 | 0回 |
| 敢闘賞 | 4回 |
| 技能賞 | 1回 |
| 金星 | 1個 |
| 生涯戦歴 | 613勝607敗35休 |
| 幕内戦歴 | 504勝528敗33休 |
| 引退場所 | 2024年9月場所 |
出典:日本相撲協会「碧山亘右 力士プロフィール」
碧山の代表的な活躍として挙げられるのが、2017年7月場所です。
この場所では13勝2敗を記録し、優勝争いに最後まで加わりました。最終的に優勝は逃したものの、敢闘賞を獲得しています。
幕内優勝こそありませんでしたが、幕内在位71場所、敢闘賞4回、技能賞1回という成績は、長年にわたって第一線で戦った証しです。【日刊スポーツ・2017年7月23日報道】
【琴欧洲と碧山を比較】ブルガリア出身力士2人の経歴と関係性
琴欧洲と碧山は、同じブルガリア出身でありながら、土俵での役割やキャリアの築き方には違いがありました。
2人の関係を理解するうえでは、単なる先輩・後輩という枠を超えて、琴欧洲が碧山の角界入りを後押しした点が重要です。
以下に、2人の経歴と現在の関係をまとめます。
| 比較項目 | 琴欧洲 | 碧山 |
|---|---|---|
| 出身地 | ベリコタロノボ | ヤンボル |
| 生年 | 1983年 | 1986年 |
| 相撲入門 | 2002年 | 2009年 |
| 入門先 | 佐渡ヶ嶽部屋 | 田子ノ浦部屋 |
| 角界入りの関係 | ブルガリア出身の先駆者 | 琴欧洲の勧誘で入門 |
| 最高位 | 大関 | 関脇 |
| 幕内優勝 | 1回 | 0回 |
| 通算勝利 | 537勝 | 613勝 |
| 引退 | 2014年3月 | 2024年9月 |
| 引退後の年寄名 | 鳴戸 | 岩友 |
| 現在の所属 | 鳴戸部屋 | 春日野部屋 |
出典:日本相撲協会公式プロフィール、日刊スポーツ、各引退時の報道
2人の共通点はレスリング経験と日本での指導者人生
両者に共通するのは、レスリングを通じて培った身体能力を相撲に生かしたことです。
琴欧洲は長身と右四つの技術を武器に大関へ昇進し、碧山は重量感のある突き押しで関脇まで上り詰めました。
また、2人とも日本国籍を取得し、引退後も日本相撲協会に残る道を選択しています。
一方で、琴欧洲は自ら相撲部屋を創設した師匠、碧山は春日野部屋に所属する年寄という違いがあります。
この違いは、外国出身力士が引退後に歩むキャリアにも複数の選択肢があることを示しています。
【引退理由を検証】琴欧洲は左肩の負傷、碧山は膝の故障が影響
2人の引退理由には、それぞれ異なる事情がありました。
共通しているのは、長年の現役生活で蓄積した身体的な負担が、最後の決断に影響したことです。
琴欧洲の引退理由は度重なるけがと心身の限界
琴欧洲が現役引退を発表したのは、2014年3月20日です。
2014年3月場所では2日目から9連敗。左肩の痛みで途中休場し、11日目に引退届を提出しました。
背景には、長年にわたる故障の蓄積がありました。
2013年11月場所では左肩の脱臼による途中休場を経験し、大関から陥落。翌2014年1月場所でも大関復帰は果たせませんでした。
引退会見では、精神的にも体力的にも限界だったことを説明しています。
12年間に及ぶ力士生活を振り返り、けがを繰り返してきたことも明かしました。
つまり、琴欧洲の引退は単純な成績不振だけが原因ではありません。故障によって思うような相撲が取れなくなり、心身の両面で現役続行が難しくなったことが大きな理由です。【日刊スポーツ・2014年3月20日報道】
碧山の引退理由は慢性的な膝の故障と幕下転落の見通し
碧山が引退を発表したのは、2024年9月24日です。
引退直前の2024年9月場所では東十両13枚目に位置していましたが、成績は5勝10敗。翌場所での幕下転落が避けられない状況となっていました。
身体面でも厳しい状態が続いていました。
スポーツニッポンの報道によると、以前から左膝の古傷を抱えており、2024年初場所では右膝も負傷。満身創痍の状態で土俵に上がっていました。
引退会見では、場所終了後に師匠の春日野親方と相談し、力を出し切ったという思いから引退を決断した経緯を説明しています。
その後は年寄「岩友」を襲名し、春日野部屋で後進の指導にあたることになりました。【スポーツニッポン・日刊スポーツ、2024年9月24日・26日報道】
2人の引退を比較すると、次のように整理できます。
- 琴欧洲:左肩の負傷や度重なるけが、心身の限界。
- 碧山:慢性的な膝の故障、右膝の負傷、十両での成績不振。
どちらも長年にわたり幕内で戦い続けた力士だからこそ、引退の背景には競技生活の厳しさが表れています。
【2026年現在】鳴戸親方と岩友親方の活動、日本国籍取得の理由
現役を引退した後、2人はどのような活動をしているのでしょうか。
2026年現在の日本相撲協会の年寄プロフィールでは、琴欧洲は鳴戸勝紀、碧山は岩友亘右として掲載されています。
琴欧洲は鳴戸親方として鳴戸部屋を運営
琴欧洲は2015年2月に年寄「鳴戸」を襲名しました。
その後、2017年4月に佐渡ヶ嶽部屋から独立し、東京都墨田区に鳴戸部屋を設立しています。
これは、ヨーロッパ出身者として初めて相撲部屋を構えた例としても注目されました。
2026年現在も鳴戸部屋の師匠を務めています。
日本相撲協会の部屋紹介や鳴戸部屋公式サイトには、師匠・鳴戸勝紀のプロフィールと所属力士が掲載されています。
部屋には欧勝馬、欧勝海などが在籍し、若手の育成にも力を入れています。
鳴戸親方は公式サイトの挨拶で、伝統的な稽古に加え、ブルガリア国立スポーツ大学と日本体育大学で学んだ経験を指導に生かす考えを示しています。
自身が大関まで昇進した経験だけでなく、スポーツ科学や異なる文化で学んだ知識を後進に伝えようとしている点が特徴です。【鳴戸部屋公式サイト・日本相撲協会】
碧山は岩友親方として春日野部屋に所属
碧山は2024年9月24日に引退し、年寄「岩友」を襲名しました。
2026年現在の正式な所属は春日野部屋です。
ここで注意したいのは、岩友親方が「岩友部屋」という独立した相撲部屋を運営しているわけではないという点です。
日本相撲協会の年寄プロフィールには、岩友亘右の所属部屋として春日野が記載されています。
つまり、岩友親方は春日野部屋に所属し、後進の指導などに携わる立場です。
元関脇として幕内71場所を経験した実績は、若い力士にとっても貴重な指導材料になるはずです。
現役時代に経験したけがや番付の浮き沈みも、力士の身体管理や長期的なキャリア形成を考えるうえで生きてくるでしょう。【日本相撲協会「岩友亘右 年寄プロフィール」・春日野部屋紹介】
外国出身力士が日本国籍を取得する理由
琴欧洲と碧山に共通する重要な経歴が、日本国籍の取得です。
外国出身の力士が引退後に日本相撲協会に残り、年寄名跡を襲名するには、日本国籍が必要とされています。
このため、親方として後進の指導に携わることを希望する外国出身力士にとって、帰化は重要な手続きとなります。
2人の取得時期は異なります。
琴欧洲は2014年1月、碧山は2022年3月に日本国籍を取得しています。
| 人物 | 日本国籍取得時期 | 取得後の歩み |
|---|---|---|
| 琴欧洲 | 2014年1月 | 引退後、鳴戸親方を襲名 |
| 碧山 | 2022年3月 | 引退後、岩友親方を襲名 |
琴欧洲については、2014年1月7日付の官報で日本国籍取得が告示され、同年2月には日本名が安藤カロヤンと発表されました。
碧山についても、2022年3月16日付の官報で日本国籍取得が告示されています。本名は古田亘右となり、引退後に年寄「岩友」を襲名しました。
日本国籍取得は、単に日本で生活するための選択ではなく、引退後も相撲界に残り、指導者として活動するための重要な条件だったのです。【日刊スポーツ・スポーツニッポン】
【プロの結論】ブルガリア出身力士が相撲界に残した本当の功績
琴欧洲と碧山の経歴を比較すると、ブルガリア出身力士の存在意義は、単に外国人力士として活躍したことだけではありません。
2人は日本の伝統的な相撲部屋に入り、異なる文化や稽古の習慣に適応しながら、最高位が大関と関脇に達するまで成長しました。
さらに、引退後も日本相撲協会に残り、後進を育成する立場へと進んでいます。
ここには、3つの重要なポイントがあります。
第一に、外国出身であることは相撲の実力を制限するものではないということです。
琴欧洲はヨーロッパ出身初の大関となり、碧山も関脇まで昇進しました。両者の実績は、相撲という競技が国境を越えて人材を受け入れてきた歴史を象徴しています。
第二に、引退後のキャリア形成も重要だということです。
琴欧洲は鳴戸部屋を創設し、碧山は春日野部屋で指導者として活動しています。現役時代の成績だけでなく、次世代に経験を伝える役割も、彼らの功績を評価する重要な視点です。
第三に、帰化と親方襲名は別々の話ではないということです。
外国出身力士が日本相撲協会で年寄として活動するには、国籍要件や年寄名跡の取得条件があります。琴欧洲と碧山は、現役時代から引退後の進路を見据え、日本で相撲に携わり続ける道を選びました。
ブルガリア出身力士の歴史を知る際は、最高位だけでなく、引退後の所属部屋や現在の年寄としての立場まで確認すると、2人が相撲界に残したものがより明確になります。
【ブルガリア出身の力士】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、ブルガリア出身の現役力士はいますか?
A1:2026年10月現在、日本相撲協会の公式力士検索ではブルガリア出身の現役力士は該当しません。代表的な元力士である琴欧洲と碧山は、いずれも引退して親方として活動しています。
Q2:琴欧洲が大関に昇進したのはいつですか?引退理由は何ですか?
A2:2006年1月場所に大関へ昇進しました。2014年3月場所で引退しており、度重なるけがや左肩の負傷、心身の限界が主な理由です。生涯戦歴は537勝337敗63休です。
Q3:碧山の引退理由と現在の活動は何ですか?
A3:慢性的な膝の故障や右膝の負傷に加え、2024年9月場所で5勝10敗となり、幕下への転落が見込まれたことが引退の背景です。現在は岩友親方として春日野部屋に所属し、後進の育成に携わっています。
まとめ:ブルガリア出身力士の歴史は親方として次世代へ
ブルガリア出身力士として大相撲で大きな実績を残した琴欧洲と碧山。2人はそれぞれ大関と関脇まで昇進し、長年にわたって日本の土俵を盛り上げてきました。
2026年現在の活動を整理すると、次のようになります。
- 琴欧洲(鳴戸親方): 2014年3月引退。2017年に鳴戸部屋を創設し、師匠として後進を育成。
- 碧山(岩友親方): 2024年9月引退。春日野部屋に所属し、年寄として後進を指導。
- 現役ブルガリア出身力士: 日本相撲協会の公式検索では該当者なし。
2人の歩みは、外国出身力士が日本の相撲界で成功するだけでなく、引退後も指導者として伝統を継承できることを示しています。
琴欧洲が築いた鳴戸部屋と、碧山が所属する春日野部屋。それぞれの場所で若い力士を育てる2人の活動は、ブルガリア出身力士の歴史の新しい一章です。
今後も両親方の指導を受けた力士たちがどのように成長していくのか、大相撲の次世代を見守るうえでも注目したいところです。