【2008年〜2009年】菊池風磨のジュニア時代!B.I.ShadowとNYC boysでの活動
13歳で芸能界へ。最初の大きな転機は、ジャニーズJr.としてのユニット活動だった。
菊池風磨さんは1995年3月7日生まれ、東京都出身です。所属事務所の公式プロフィールを兼ねる本人のBIOGRAPHYによると、芸能活動を始めた日は2008年4月27日。まだ13歳の中学生だった時期です。
現在のtimeleszで見せるトーク力や堂々とした立ち振る舞いの原点には、10代前半からステージに立ち、先輩や同世代のメンバーと経験を重ねてきた年月があります。
B.I.Shadow時代は中島健人・松村北斗・髙地優吾と活動

2009年ごろ、菊池さんはジャニーズJr.内のユニットB.I.Shadowで活動しました。
2009年からの4人編成は、次のメンバーです。
- 菊池風磨
- 中島健人
- 松村北斗
- 髙地優吾
現在の所属グループで見ると、菊池さんと中島さんはSexy Zoneで活動し、松村さんと髙地さんはSixTONESのメンバーとして活躍しています。
当時のB.I.Shadowは、後の人気グループにつながるメンバーが同じユニットで活動していた点でも注目される存在です。
2009年7月15日には「中山優馬 w/B.I.Shadow」名義でシングル「悪魔な恋」を発売。公式ディスコグラフィーには、同じCDに収録された「NYC boys」の楽曲「NYC」も掲載されています。
NYC boysにも参加!山田涼介・知念侑李との活動

菊池さんのジュニア時代を語るうえで、もう一つ欠かせないのがNYC boysです。
2009年に結成されたNYC boysは、中山優馬さんを中心に、Hey! Say! JUMPの山田涼介さん、知念侑李さん、B.I.Shadowのメンバーらが参加したユニットでした。
活動の大きな目的の一つは、女子バレーボールワールドグランプリ2009のスペシャルサポーターを務めること。楽曲「NYC」は同大会のイメージソングとして使用されました。
ここで押さえておきたいのは、B.I.ShadowとNYC boysが単純な前後関係にある別々のグループではないという点です。
菊池さんはB.I.Shadowのメンバーとして活動しながら、NYC boysという別の編成にも参加していました。
この経験は、複数のメンバー構成や異なるステージ環境に対応する、若い時期の実践的な経験だったと考えられます。
【経歴年表】Sexy Zoneデビューからtimeleszへの改名まで

菊池風磨さんの昔を正確に理解するには、グループの変遷と本人の年齢を一緒に確認するのが近道です。
特に重要なのは、2011年のSexy Zone結成とCDデビュー。ここがJr.時代と現在のキャリアをつなぐ大きな分岐点になりました。
出典:菊池風磨公式BIOGRAPHY、ELOV-Label公式ディスコグラフィー、ORICON NEWS、慶應塾生新聞、ユニバーサル ミュージック、STARTO ENTERTAINMENTおよび各社報道。
2011年11月16日、Sexy ZoneとしてCDデビュー
2011年9月29日、Sexy Zoneの結成が発表されました。
メンバーは以下の5人です。
- 中島健人
- 菊池風磨
- 佐藤勝利
- 松島聡
- マリウス葉
そして、同年11月16日にシングル「Sexy Zone」でCDデビューを果たします。
ORICON NEWSによると、デビュー前日に神奈川県のラゾーナ川崎で開催された初お披露目イベントには、約1万2,000人のファンが集まりました。
当時の菊池さんは16歳。ジュニア時代から活動していた中島さんとともに、若くしてグループの中心を担う立場になりました。
【昔の写真を比較】菊池風磨の10代当時と現在はどう変わった?
菊池風磨さんの昔の写真を探す人が多い理由の一つは、10代のアイドル時代と現在のテレビ出演時の印象を比較したいという関心でしょう。
写真を年代順に整理すると、主に次の3つの時期に分けられます。
① 2008〜2009年:ジャニーズJr.時代
13〜14歳ごろの菊池さんは、芸能活動を始めて間もない時期です。
B.I.ShadowやNYC boysとしての活動が中心で、当時の姿を確認する資料としては、2009年発売の「悪魔な恋/NYC」のCDジャケットやミュージックビデオ関連の写真が挙げられます。
この時期の写真は、現在の本人を知っている人にとって、キャリアの出発点を振り返る資料になります。
② 2011〜2017年:Sexy Zone初期から大学生時代
16歳でCDデビューした2011年から、20代前半にかけてはアイドルとしての活動と学生生活が重なった時期です。
2021年に放送されたフジテレビ系番組では、菊池さん自身が17歳から22歳ごろまでの自分について、かなり格好をつけていた時期だったと振り返っています。
当時は憧れの先輩である木村拓哉さんのような存在を目指していたことも、ORICON NEWSのインタビュー記事で紹介されています。
③ 2020年代〜2026年:バラエティーでも活躍する現在
現在の菊池さんは、アイドルとしてのパフォーマンスだけでなく、バラエティーでのリアクションや俳優としての表現力でも知られています。
特に転機となったのが、フジテレビ系『芸能人がホンキで考えた!ドッキリGP』への出演です。
ORICON NEWSは2022年の特集で、従来のナルシスト的なイメージを自ら笑いに変え、バラエティーでの活躍を俳優業にも還元していると分析しました。
つまり、昔と現在の大きな違いは、単純な顔立ちや髪型の変化だけではありません。
自分をどう見せるかという表現の幅が広がったことが、キャリアを通じた大きな変化です。
なお、写真を比較する場合は、撮影時期や衣装、照明、宣材写真なのか舞台写真なのかも考慮する必要があります。1枚の写真だけで容姿の変化を断定することはできません。
【本人が告白】菊池風磨がデビュー当時に苦悩し、退所を考えた理由
菊池風磨さんの過去を振り返るうえで、特に印象的なのが、Sexy Zoneデビュー当時の苦悩です。
華々しいCDデビューを果たしたアイドルが、実は事務所を辞めようと考えていた。このエピソードは2023年6月17日放送のフジテレビ系『超絶限界〜ソコまで見せる!?大百科〜』で本人が明かしました。
中島健人と2人だけが先にデビューすると思っていた時期
2023年の番組で、菊池さんはニューヨークから「事務所を退所しようと思ったことはあるか」と質問され、次のように答えています。
「ありますよ」
菊池さんが振り返ったのは、ジュニア時代から中島健人さん、松村北斗さん、髙地優吾さんと活動していた時期のことです。
当時は、4人での活動が続いていたことから、そのメンバーで次のステップに進むという期待もあったと考えられます。
しかし、実際に結成されたSexy Zoneは5人組でした。
菊池さんと中島さんに加わったのは、佐藤勝利さん、松島聡さん、マリウス葉さん。特に当時11歳だったマリウスさんをはじめ、ジュニア経験の浅いメンバーも含まれていました。
菊池さんは、これまで一緒に活動してきたメンバーとそのままデビューするわけではなかったことについて、複雑な気持ちを抱いていたと明かしています。
デビューしたのに苦しかった3つの理由
本人の発言を整理すると、苦悩の背景には複数の要素がありました。
1. それまでのグループ編成が変わったこと
Jr.時代に活動していたメンバー全員でデビューする形ではなかったことは、本人にとって大きな変化でした。
2. 人気や実力が追いついていないと感じたこと
菊池さんは、デビュー直後について、グループのファンが十分に定着しておらず、自分たちの実力も人気も伴っていなかったと振り返っています。
3. 自分の理想とデビュー後の現実とのギャップ
当時の楽曲やグループの方向性にも戸惑いがあったといいます。
本人にとってCDデビューは夢だったからこそ、周囲に不満を話すことにも抵抗があり、誰にも相談できなかったそうです。
退所を思いとどまったきっかけは慶應義塾大学での生活
興味深いのは、菊池さんの気持ちが変化したきっかけです。
2023年の本人の説明によれば、大学に進学した後、周囲の友人たちが就職活動を始めたことが一つの転機になりました。
一般企業への就職を目指す友人たちの姿を見て、自分は好きな仕事を続けられているのに、これ以上ぜいたくを言うことはできないと考えるようになったそうです。
大学時代の友人とは、現在も交流が続いていると報じられています。
ここで大切なのは、菊池さんが実際に事務所を退所したわけではないという点です。
退所を考えたことは本人が認めていますが、その後も芸能活動を続け、グループの中心メンバーとして現在までキャリアを築いています。
【慶應義塾大学】菊池風磨は学業と芸能活動をどう両立した?
菊池風磨さんの昔を語るうえで、慶應義塾大学への進学も重要なポイントです。
菊池さんは慶應義塾大学総合政策学部に進学し、2013年には大学1年生として慶應塾生新聞のインタビューに登場しています。
慶應義塾大学を選んだ理由
2013年11月18日掲載の慶應塾生新聞のインタビューでは、大学進学を考えた理由について本人が説明しています。
幼いころから祖父に大学進学を勧められていたこと、祖父が早稲田大学出身だったため、自分は慶應に進学して違う世界を経験したいと思ったことを明かしました。
さらに、心理学や音楽など幅広い分野に興味があり、さまざまな学問を学べる総合政策学部に魅力を感じたと語っています。
単に有名大学に進学したかったという話ではなく、学びたい分野を幅広く持っていたことが伝わるエピソードです。
受験勉強と芸能活動の両立は簡単ではなかった
慶應塾生新聞のインタビューで、菊池さんは受験期の忙しさについても話しています。
前年の夏には、1日2〜3公演を行う舞台が約1か月続いたことがあり、仕事と勉強の時間を確保することに苦労したそうです。
また、芸能人だから合格できたと思われたくないという思いから、限られた時間を使って勉強に取り組んでいました。
本人は、時間を有効活用するために睡眠時間を削ることもあったと振り返っています。
2017年に慶應義塾大学を卒業
菊池さんは2017年3月に慶應義塾大学を卒業しました。
2017年3月28日付の週刊女性PRIMEの記事では、同月23日の卒業式に出席した様子が報じられています。
2011年にSexy Zoneとしてデビューしてから、大学生活と芸能活動を並行して続け、4年間で卒業したことになります。
大学時代の経験は、アイドルとしての活動だけに専念するのではなく、芸能界以外の人間関係や価値観にも触れる時間になったはずです。
実際、本人は大学でさまざまな友人ができたことをよかった点として挙げています。
【2026年最新】菊池風磨はtimeleszでどう変わった?
2024年以降の菊池さんのキャリアは、昔のSexy Zone時代とはまた違った段階に入っています。
2024年4月、Sexy Zoneからtimeleszへ
2024年4月1日、Sexy Zoneはグループ名をtimeleszに変更しました。
改名を発表したのは菊池風磨さん、佐藤勝利さん、松島聡さんの3人です。
日刊スポーツの報道によると、新しいグループ名は、5人時代に制作した楽曲「timeless」に由来し、「Sexy Zone」の頭文字であるSZも残す形で決められました。
同時に、新メンバーオーディションの開催も発表されました。
2025年2月、新メンバー5人が加入
2025年2月15日、新メンバーオーディション「timelesz project」を経て、次の5人が加入しました。
- 寺西拓人
- 原嘉孝
- 橋本将生
- 猪俣周杜
- 篠塚大輝
これにより、菊池さん、佐藤さん、松島さんの3人に新メンバー5人を加えた8人体制となりました。
ユニバーサル ミュージックの公式発表でも、5人の加入と新体制の始動が告知されています。
菊池さんにとっては、自分がデビューしたときとは異なり、今度はグループの既存メンバーとして新しい仲間を迎える立場になったことも大きな変化です。
2026年10月現在は7人体制で活動
2026年には、グループの体制にも再び変化がありました。
10月4日放送のTOKYO FM『菊池風磨 hoursz』で、菊池さん本人がtimeleszは7人で活動していくと報告しています。
また、2026年4月には喉の不調による一時的な活動休止が発表されましたが、STARTO ENTERTAINMENTは6月1日からの活動再開を公式に発表しました。
音楽面でも活動は続いています。
ユニバーサル ミュージックの2026年10月22日付公式ニュースでは、timeleszの新曲「本当のことを言うと」が映画『お姉ちゃんの翠くん』の主題歌に決定したと発表されました。
2026年現在の菊池さんは、10代から積み上げてきたアイドルとしての経験を土台に、グループの活動を支える存在になっています。
【プロの結論】昔と現在を比較すると見える菊池風磨の本当の成長
菊池さんのキャリアを振り返ると、次の3つの変化が浮かび上がります。
1. Jr.時代: グループ活動を通して、ステージ経験と仲間との関係を築いた。
2. Sexy Zone時代: デビュー後の葛藤や学業との両立を経験し、自分の立ち位置を模索した。
3. timelesz時代: バラエティーや俳優業にも活動領域を広げ、グループの新しい方向性を担うようになった。
特に注目したいのは、デビュー当時に感じていた理想と現実のギャップを、その後のキャリアの中で自分なりに乗り越えてきたことです。
昔の写真だけを見れば、若いころと現在の違いに目が向きがちです。しかし、本人の発言や活動歴をたどると、外見以上に仕事への向き合い方や表現方法が変わってきたことが分かります。
【菊池風磨の昔】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:菊池風磨は何歳から芸能活動を始めた?
2008年4月27日です。1995年3月7日生まれなので、芸能活動を開始した当時は13歳でした。
Q2:菊池風磨はB.I.ShadowとNYC boysの両方に所属していた?
はい。B.I.Shadowでは中島健人さん、松村北斗さん、髙地優吾さんと活動し、NYC boysにも参加していました。2つは異なる編成のユニットです。
Q3:菊池風磨はSexy Zoneのデビュー当時、本当に退所を考えていた?
はい。2023年6月のテレビ番組で本人が認めています。デビュー後のグループ編成や人気・実力への不安などが背景にありました。ただし、実際に退所したわけではありません。
まとめ:菊池風磨の昔を知れば現在の活躍がもっと面白くなる
菊池風磨さんの芸能活動は、2008年4月27日のスタートから2026年まで、約18年にわたって続いています。
13歳で芸能界に入り、B.I.ShadowやNYC boysで経験を積み、16歳でSexy ZoneとしてCDデビュー。その後は慶應義塾大学への進学と卒業、デビュー当時の葛藤、バラエティーでのキャラクター確立、timeleszへの改名と新体制への挑戦を経験してきました。
特に興味深いのは、順風満帆に見えるデビューの裏側で、本人が退所を考えるほど悩んでいたことです。その経験を知ると、現在の菊池さんがグループを支える姿にも違った意味が見えてきます。
昔の写真を比較する際は、2009年のB.I.Shadow・NYC boys時代、2011年のSexy Zoneデビュー当時、そして2026年のtimelesz時代という3つの時期を基準にすると、変化を追いやすくなります。
菊池風磨さんの魅力は、若いころから変わらない存在感だけではありません。苦悩や環境の変化を経験しながら、自分の役割を広げてきた歩みそのものにあります。