【櫻井翔の大学・学部】慶應義塾大学経済学部に2000年入学、2004年卒業
櫻井翔さんが進学したのは、東京都・神奈川県を中心にキャンパスを展開する私立大学、
この経歴は、慶應義塾が発行する公式機関誌『三田評論』の2020年5月15日掲載インタビューでも確認できます。プロフィール欄には「経済学部卒業」「塾員(2004 経)」と記載されています。
単に慶應義塾大学に在籍していたというだけではなく、芸能活動を続けながら正規の課程を修了し、4年間で卒業したことが大きな特徴です。
慶應義塾大学経済学部とはどんな学部?
慶應義塾大学経済学部は、経済学を中心に社会や企業、金融、政策などを学ぶ学部です。
櫻井さんが在籍していた当時の具体的な履修科目やゼミ、卒業論文のテーマについては、詳細な公表情報が限られています。そのため、経済学部で学んだ内容を本人の現在の仕事と直接結びつけて断定することはできません。
一方、後年の慶應義塾公式インタビューでは、大学で学んだ経験をキャスターの仕事に生かしたいと考えたことが語られています。
大学で得た知識だけでなく、社会について考え、情報を調べ、人の話を聞く姿勢も、その後のキャリアにつながる要素になったと考えられます。
2004年の卒業は公式に確認できる?

確認できます。
慶應義塾の公式プロフィールは2004年卒業を明記しており、2017年3月の『VS嵐』でも、櫻井さん本人が卒業式の思い出を語ったことが報じられています。
卒業式当日は多くの報道陣が集まったため、両親と一緒に記念写真を撮ることが難しかったそうです。そこで、誰もいなくなった校舎で母親と2人で写真を撮ったというエピソードも紹介されました。
【櫻井翔の学歴一覧】慶應義塾幼稚舎から大学まで16年間

櫻井翔さんの学歴で特徴的なのは、幼稚舎から大学まで16年間にわたって慶應義塾で学んだことです。
慶應義塾の公式インタビューでも、本人が幼稚舎から大学まで在籍していたことを振り返っています。
学歴を時系列で整理すると、次のようになります。
慶應義塾幼稚舎から始まった一貫教育
櫻井さんが通った慶應義塾幼稚舎は、慶應義塾が運営する小学校です。
一般的な学校の名称にある「幼稚舎」という言葉から幼稚園をイメージする人もいますが、幼稚園ではありません。
その後、慶應義塾普通部へ進学し、中学2年生の頃から芸能活動を始めました。
慶應義塾の公式インタビューでは、普通部時代から芸能活動を行っていたことが紹介されています。学業と仕事の両立は、この時期から始まっていたのです。
慶應義塾高等学校時代に嵐としてデビュー
高校時代の大きな転機は、1999年の嵐結成とCDデビューです。
櫻井さんは高校3年生だった1999年、嵐のメンバーとして芸能活動を本格化させました。
当時の慶應義塾高等学校の生活について、慶應義塾の公式インタビューでは、バレーボールワールドカップのイメージキャラクターを務めていた頃のエピソードが紹介されています。
櫻井さんは学校の授業に最後まで出席してから、仙台、大阪、名古屋などの試合会場へ移動。夜の仕事を終え、深夜または翌朝に戻って学校へ通っていたと振り返っています。
本人は、学校側の理解があったことにも感謝していました。
大学まで慶應に通った16年間が持つ意味
2021年の慶應塾生新聞のインタビューで、櫻井さんは慶應義塾について次のように語っています。
慶應義塾はふるさとなんですよね。
幼稚舎から16年間を過ごした学校は、単なる出身校ではなく、友人や恩師とのつながりが続く場所でもあります。
大学卒業後も慶應との関係は続き、2021年の慶應連合三田会大会ではメインナビゲーターを務めました。
このエピソードからも、櫻井さんにとって母校が長く大切な存在であることがうかがえます。
【櫻井翔の大学偏差値】慶應経済学部の難易度と内部進学の仕組み
「櫻井翔さんは偏差値の高い大学に入ったの?」「一般入試で合格したの?」という疑問も多く検索されています。
ここでは、大学の入試難易度と櫻井さん本人の進学経路を分けて考える必要があります。
慶應義塾大学経済学部の偏差値は?
2026年10月時点で確認できる河合塾Kei-Netの2027年度入試情報では、慶應義塾大学経済学部の一般選抜のボーダー偏差値は67.5です。
河合塾Kei-Net・2027年度一般選抜
慶應義塾大学 経済学部
A方式・B方式ともに67.5。河合塾が予想する合否可能性50%のボーダーライン。
出典:河合塾Kei-Net大学検索システム
ただし、この数値は現在の一般選抜における予備校の難易度指標です。
2000年に進学した櫻井さん本人の合格偏差値を示すものではありません。また、偏差値は予備校や年度、入試方式によって異なります。
櫻井翔は一般受験ではなく内部進学?
櫻井さんは慶應義塾高等学校から慶應義塾大学へ進学しています。
このため、学歴の流れとしては慶應義塾の一貫教育校からの内部進学に当たります。
慶應義塾普通部の公式進学案内によると、普通部から高校へ進む際には推薦制度があり、高校から大学へ進む場合も慶應義塾大学の各学部への推薦進学制度があります。
ただし、すべての学部に無条件で進学できるわけではありません。学部ごとに人数枠が設けられ、高校での成績などによって推薦先が決まる仕組みです。
したがって、櫻井さんについては次のように整理できます。
- 慶應義塾高等学校から慶應義塾大学経済学部へ進学した。
- 大学の一般選抜を受験して入学したという経歴ではない。
- 内部進学にも学校での成績や推薦制度が関係する。
- 本人の高校時代の具体的な成績順位や推薦選考の詳細は公表されていない。
内部進学だから勉強をしなくてもよかった、という理解は正確ではありません。
櫻井さん自身、大学進学後も試験や単位取得に向けて勉強を続けていたことを明かしています。
【櫻井翔の大学時代】嵐と学業を両立した学生生活の実態
櫻井翔さんの大学時代を語るうえで欠かせないのが、嵐の活動と大学生活の両立です。
1999年にデビューした嵐は、大学進学後も音楽活動やテレビ出演を続けていました。
しかし、櫻井さんは大学生活を仕事一色にしていたわけではありません。2021年の慶應塾生新聞のインタビューでは、大学1・2年生の頃の生活について具体的に語っています。
大学1・2年生は週6日も通学していた
櫻井さんによると、大学1・2年生の間は嵐のレギュラー仕事がそれほど多くなかったため、土曜日も含めて週6日大学に通っていたそうです。
入学して最初の1か月は、キャンパス内で櫻井さんを見に来る学生もいたといいます。
しかし、毎日のように大学にいる姿が知られるようになると、次第に特別視されなくなっていきました。
この話は、櫻井さんの大学生活が芸能人としての特別な環境だけで成り立っていたのではなく、一般の学生と同じように授業へ出席し、友人と過ごす時間も大切にしていたことを示しています。
友人からノートを借り、勉強を助けてもらった
大学時代のエピソードとして特に印象的なのが、友人たちのサポートです。
櫻井さんは2021年のインタビューで、友人から授業のノートを借りていたことや、コピー店に頻繁に通っていたことを明かしています。
さらに、数学が得意なクラスメートが自宅で付きっきりになって教えてくれたこともあったそうです。
その友人自身も翌日に試験を控えていたにもかかわらず、勉強に付き合ってくれたと振り返っています。
芸能活動をしながら大学の授業や試験に対応するには、本人の努力だけでは限界があります。
周囲の学生と協力し、互いに助け合う関係を築けていたことも、卒業につながった大きな要素です。
試験期間中は睡眠時間を削っていた
一方、学生生活が常に順調だったわけではありません。
2014年12月放送のTBS系『櫻井有吉アブナイ夜会』では、大学時代について、嵐としての活動を始めてからは寝る時間を削って勉強していたと振り返っています。
さらに2011年の映画『神様のカルテ』関連イベントでは、試験前に頭を洗いながら寝てしまったり、便座に座ったまま寝てしまったりした経験を語りました。
当時の苦労について、櫻井さんは、それを乗り越えた自信が現在の財産になっているという趣旨の話をしています。
大学時代の印象的なエピソード5選
| エピソード | 内容 |
|---|---|
| 週6日の通学 | 大学1・2年生は土曜日も授業に出席 |
| 友人のノート | 授業のノートを借りて勉強 |
| 数学の勉強 | クラスメートが自宅で教えてくれた |
| 早慶戦の応援 | 友人の彼女がチアリーダーだったため応援に行った |
| JADEの公演 | 卒業後も慶應のダンスサークルの公演を見に行っていた |
これらは慶應塾生新聞の本人インタビューに基づくエピソードです。なお、櫻井さん自身はJADEの所属メンバーではありません。
【櫻井翔が留年せず卒業した理由】意地と責任、そして周囲の支え
櫻井翔さんが大学を留年せず卒業できた理由について、本人は2020年の慶應義塾公式インタビューで率直に語っています。
その言葉は、単純に「頭がよかったから」という説明ではありません。
両親との約束が学業を続ける原動力だった
櫻井さんは、芸能活動を続けるのであれば、学校をおろそかにしないことが大切だと考えていました。
大学進学時には、両親から留年した場合の学費は自分で負担するように言われていたことも明かしています。
本人は、その条件を芸能活動を続けるための責任として受け止めていたそうです。
慶應義塾公式インタビューで、両立できた理由を尋ねられた際には、次のように答えています。
意地だったのが半分。もう半分は本当に友達に恵まれていました。
この発言は、櫻井さんの卒業を考えるうえで重要なポイントです。
本人の強い意志と、友人からの具体的な協力。その両方があったからこそ、芸能活動と大学の勉強を継続できたのです。
大学3年生前後から仕事と試験の両立が厳しくなった
大学時代の中でも特に大変だったのが、連続ドラマの主演と大学の後期試験が重なった時期です。
櫻井さんが主演した2003年の日本テレビ系ドラマ『よい子の味方〜新米保育士物語〜』では、撮影と試験のスケジュールが重なりました。
2021年のテレビ番組『シューイチ』で当時を振り返った際には、環七沿いのファミリーレストランで勉強し、夜明けの撮影を終え、そのまま学校で試験を受けてから撮影現場に戻るという生活を明かしています。
本人は当時について「寝てなかったです、本当に」と語っています。
このエピソードから分かるのは、櫻井さんが仕事を優先して試験を後回しにしたのではなく、撮影と試験の両方を予定に組み込んでいたことです。
留年せずに卒業できたのは本人だけの力ではない
もう一つ見逃せないのが、友人との関係です。
櫻井さんは、授業のノートを借りたり、数学を教えてもらったりした経験を何度も語っています。
大学では、アイドルとしての知名度があっても、試験や単位取得は自分で取り組まなければなりません。
友人の存在が大きかったという本人の言葉には、大学生活の実感が表れています。
櫻井翔さんが4年間で卒業できた背景には、責任感、学業を続ける意志、そして友人との信頼関係があったのです。
【大学卒業後の櫻井翔】慶應での経験はキャスターの仕事にどうつながった?
2004年3月に慶應義塾大学経済学部を卒業した櫻井さんは、その後も嵐のメンバーとして活動を続けました。
そして2006年には、日本テレビ系のニュース番組『NEWS ZERO』(現在の『news zero』)でキャスターとしての仕事を始めます。
慶應義塾公式の『三田評論』インタビューでは、キャスターを目指すようになったきっかけについても本人が語っています。
2001年のアメリカ同時多発テロ事件をきっかけに、世界で起きていることを知りたいと感じ、自分で調べ始めたことが理由の一つだったそうです。
また、慶應義塾大学を卒業した経験を芸能活動に還元できないかと考え、キャスターの仕事にも関心を持つようになったと説明しています。
大学での経験とキャスターとしての姿勢
櫻井さんはキャスターの役割について、自分の主義主張を前面に出すというより、現場の声を視聴者へ届けることを大切にしていると語っています。
特に、被災地で被災者の声を伝えることなど、情報を人から人へつなぐ仕事への意識を示していました。
ここで注目したいのは、大学卒業という経歴そのものをキャスターとしての実力と同一視していない点です。
大学での学びを出発点にしながら、実際の現場で経験を積むという姿勢を本人が示しています。
慶應義塾の公式インタビューでは、キャスターの仕事について「現場で学ぶ」という考え方も紹介されています。
【プロの結論】櫻井翔の大学時代から分かる3つのこと
櫻井さんの学生時代には、芸能人の大学進学という話題を超えた、3つのポイントがあります。
1. 内部進学でも学業への努力は必要だった。 慶應の一貫教育を受けていても、大学での試験や単位取得は別の課題だった。
2. 仕事と学業の両立には計画と周囲の協力が欠かせなかった。 友人からのノートの貸し借りや勉強のサポートが大きな意味を持っていた。
3. 大学卒業後のキャリアにも学びをつなげていた。 経済学部卒業という肩書だけでなく、社会への関心や現場で学ぶ姿勢がキャスターの仕事にもつながっていた。
櫻井さんの大学時代は、芸能活動と学業のどちらかを選ぶのではなく、両方を続けるために何が必要かを考え、実践していた時間だったといえます。
【櫻井翔の大学】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:櫻井翔の出身大学と学部はどこですか?
A1:慶應義塾大学経済学部です。2000年4月に入学し、2004年3月に卒業しています。
Q2:櫻井翔は慶應義塾大学に一般受験で入学したのですか?
A2:慶應義塾幼稚舎、普通部、高等学校を経て大学へ進学した経歴です。慶應義塾の一貫教育校からの内部進学に当たります。
Q3:櫻井翔の大学の偏差値はいくつですか?
A3:2026年10月時点で確認できる河合塾Kei-Netの2027年度一般選抜の経済学部のボーダー偏差値は67.5です。ただし、これは現在の一般選抜の指標であり、櫻井さん個人の入学時の偏差値ではありません。
Q4:櫻井翔は大学を留年せずに卒業したのですか?
A4:はい。慶應義塾の公式インタビューで、幼稚舎から大学まで16年間を過ごし、留年せずに卒業したことが確認できます。
Q5:櫻井翔は大学時代に嵐の活動を休んでいたのですか?
A5:いいえ。嵐としての活動を続けながら大学にも通っていました。大学1・2年生の頃は週6日通学していたと本人が語っています。
Q6:櫻井翔の大学時代で最も大変だったエピソードは何ですか?
A6:2003年のドラマ『よい子の味方〜新米保育士物語〜』の撮影と大学の後期試験が重なったことです。撮影の合間に勉強し、睡眠時間をほとんど取れない生活を送っていたと振り返っています。
Q7:櫻井翔は大学時代にサークルへ所属していましたか?
A7:慶應塾生新聞のインタビューでは、ダンスサークルJADEの公演を卒業後も見に行っていたと語っています。ただし、本人はJADEの所属メンバーではなかったと説明しています。
まとめ:櫻井翔の大学は慶應義塾大学経済学部!16年間の学歴と努力の軌跡
櫻井翔さんの出身大学は、慶應義塾大学経済学部です。
2000年4月に入学し、2004年3月に卒業。慶應義塾幼稚舎から普通部、高等学校、大学まで16年間にわたって慶應義塾で学びました。
大学時代には嵐としての音楽活動やテレビ出演を続けながら、週6日の通学、試験勉強、友人との交流にも取り組んでいました。
留年せずに卒業できた理由についても、本人は「意地」と「責任」、そして友人の支えを挙げています。
2026年現在、櫻井翔さんの学歴を振り返るうえで重要なのは、慶應義塾大学経済学部という肩書だけではありません。
芸能活動と学業を両立させた経験、学生時代の仲間との関係、大学卒業後にキャスターという新しい仕事へ挑戦した姿勢まで含めて見ることで、その16年間の意味がより鮮明になります。
学歴を知ることは、櫻井翔さんがどのように現在のキャリアを築いてきたのかを理解する手がかりにもなるのです。
主な参考資料:慶應義塾『三田評論』2020年5月15日掲載インタビュー、慶應塾生新聞2021年11月20日掲載インタビュー、慶應義塾高等学校・普通部の公式進学案内、河合塾Kei-Net、RBB TODAY、デイリースポーツ、女性自身。