島田一の介は何者?76歳の現在・本名・年齢詐称の真相と新喜劇人生を徹底解説
吉本新喜劇のベテラン俳優として長年活躍する島田一の介(しまだ・いちのすけ)さん。独特のオネエ風の口調で披露する「ダメよダメよ、ダメなのよ~」というギャグを知っている人も多いのではないでしょうか。1950年5月8日生まれで、本名は楠正泰(くすのき・まさやす)。愛媛県宇和島市出身の喜劇俳優です。
2026年10月30日現在、76歳。吉本興業の公式プロフィールには生年月日や出身地、1971年の弟子入りが掲載されており、2026年11月にも吉本新喜劇の公演出演が予定されています。一方、過去に1歳の年齢詐称をしていたことや、師匠の島田洋之介・今喜多代との関係、新喜劇に入るまでの意外な経緯も知られています。プロフィールから結婚、芸風、現在の活動まで、その歩みを詳しく紹介します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- プロフィール:本名は楠正泰。1950年5月8日生まれ、愛媛県宇和島市出身で、2026年現在76歳。
- 芸歴:1971年に島田洋之介・今喜多代へ弟子入り。師匠の紹介を経て吉本新喜劇に入団した。
- 年齢詐称:過去に1歳若く公表していたことを本人が認めており、理由は若く見られたかったため。
- 代表ギャグ:「ダメよダメよ、ダメなのよ~」は森進一さんの楽曲の歌詞をヒントに誕生した。
- 現在:2026年11月の吉本新喜劇公演にも出演予定で、76歳を迎えた現在も舞台で活動している。
【島田一の介は何者?】本名・生年月日・出身地と76歳のプロフィール
島田一の介さんは、吉本興業に所属するお笑いタレント・喜劇俳優です。主な活動の場は吉本新喜劇で、長年にわたって舞台を支えてきたベテラン座員として知られています。
一見すると強面の印象がありますが、オネエ風の独特な口調や、相手の言葉を受けて展開するアドリブなど、見た目とのギャップを生かした芸風が持ち味です。
島田一の介の基本プロフィール

吉本興業の公式プロフィールと日本タレント名鑑などの公開情報を整理すると、基本情報は次のとおりです。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 芸名 | 島田一の介(しまだ・いちのすけ) |
| 本名 | 楠正泰(くすのき・まさやす) |
| 生年月日 | 1950年5月8日 |
| 年齢 | 76歳(2026年10月30日現在) |
| 出身地 | 愛媛県宇和島市 |
| 血液型 | AB型 |
| 身長 | 174cm |
| 体重 | 68kg |
| 所属事務所 | 吉本興業 |
| 活動ジャンル | お笑いタレント・喜劇俳優 |
| 師匠 | 島田洋之介・今喜多代 |
| 入門年 | 1971年 |
| 趣味 | スポーツ・野球 |
特に注目したいのは、本名の楠正泰という名前です。芸名の「島田」は師匠の島田洋之介から受け継いだもので、芸名と本名は異なります。
また、出身地は愛媛県宇和島市です。関西を中心に活動しているため大阪出身と思われることもありますが、公式プロフィールでも宇和島市出身と明記されています。
2026年現在の年齢は76歳

1950年5月8日生まれのため、2026年5月8日に76歳の誕生日を迎えました。2026年10月30日現在も76歳です。
芸歴は1971年の弟子入りから数えると55年目にあたります。半世紀以上にわたり、お笑いと舞台の世界で活動してきた計算です。
若手時代からベテランになるまで、さまざまな役柄を経験してきたことが、現在の安定した舞台運びにもつながっています。
【芸歴・経歴】新喜劇に入るまでの意外な道のりと師匠との関係
島田一の介さんの芸歴を振り返ると、最初から漫才師を目指していたわけではありません。実は、子どもの頃から吉本新喜劇に強い憧れを抱いており、どうすれば新喜劇に入れるのかを考え続けていた人物です。
高校卒業後は尼崎で会社員として勤務
毎日放送(MBS)の座員インタビューによると、一の介さんは中学生の頃から吉本新喜劇に憧れていました。中学卒業後すぐに芸能界へ進むことも考えましたが、母親から高校だけは卒業するように勧められ、高校へ進学しています。
高校卒業後は兵庫県尼崎市方面に就職しました。本人のインタビューでは、会社に約1年10か月勤めたと振り返っています。
しかし、会社員として働きながらも新喜劇への夢を諦められませんでした。そこで考えたのが、漫才師の弟子になり、吉本興業との接点をつくる方法です。
1971年、島田洋之介・今喜多代に弟子入り
1971年、一の介さんは漫才コンビの島田洋之介・今喜多代に弟子入りしました。
当時の師匠は簡単に弟子を取る状況ではありませんでしたが、一の介さんは京都花月に通い続け、入門を認めてもらいます。保証人が必要と言われ、大阪に住んでいた兄を連れて行ったというエピソードも、MBSのインタビューで語られています。
島田洋之介・今喜多代は、1957年にコンビを結成した夫婦漫才の名コンビです。大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の資料でも、上方演芸の歴史を代表する漫才師として紹介されています。
一の介さんにとって、二人は単に芸名を与えた師匠というだけではありません。舞台での間の取り方や、観客との呼吸を学ぶ重要な存在でした。
島田洋七との漫才コンビを経て新喜劇へ
弟子入り後、師匠から漫才の相方として紹介されたのが、同門の島田洋七さんです。
当初はNHKの漫才コンクールへの出場を目指して練習しました。しかし、一の介さんは愛媛出身、洋七さんは広島出身で、お互いに方言の訛りが強かったこともあり、コンビは長続きしませんでした。
そもそも一の介さんは、漫才師になること自体が第一の目標ではありませんでした。目指していたのは、あくまでも吉本新喜劇への入団です。
そこで師匠に新喜劇へ入りたいと相談し、島田洋之介の口利きによって念願の新喜劇入りを果たします。MBSのインタビューでは、弟子入りから約2年弱、22~23歳頃の出来事として振り返っています。
初舞台は梅田コマ劇場、座長は花紀京
一の介さんの初舞台には、少し意外な経緯があります。
正式に新喜劇で活動する前、師匠についていた時期に、年末の企画で梅田コマ劇場の舞台に立っています。通行人など複数の役を演じた経験が、最初の舞台出演でした。
その後、うめだ花月での舞台などを経験し、当時の座長だった花紀京さんのもとで活動します。初めての印象的なセリフとして本人が挙げているのが、女優に色紙を差し出しながら繰り返す「サインして!」という言葉でした。
こうした小さな役から舞台経験を積み重ねていったことが、後の幅広い役柄につながっています。
【芸歴年表】島田一の介と関係者の歩みを整理
ここで、一の介さんの経歴と、人生の転換点に関わった人物を整理します。公式プロフィール、MBSの本人インタビュー、各メディアの報道をもとにまとめました。
| 時期 | 出来事 | 関係者・ポイント |
|---|---|---|
| 1950年5月8日 | 愛媛県宇和島市で誕生 | 本名は楠正泰 |
| 高校卒業後 | 兵庫県尼崎方面に就職 | 新喜劇への憧れを持ち続ける |
| 1971年 | 師匠に弟子入り | 島田洋之介・今喜多代 |
| 弟子入り後約2年 | 漫才の練習を経て新喜劇へ | 島田洋七とのコンビを経験 |
| 若手時代 | 新喜劇で舞台経験を積む | 花紀京らの時代に活動 |
| 1989年ごろ | 新喜劇を一度退団 | 新喜劇やめよッカナ?キャンペーン |
| 退団後約5年 | 地方巡業や漫才活動を経験 | 浅香あき恵とのコンビ活動 |
| 復帰時 | 新喜劇に再び参加 | 内場勝則・辻本茂雄・石田靖らが復帰を後押し |
| 2014年 | MBSの座員インタビューに登場 | 芸風や舞台の変化を振り返る |
| 2023年 | 年齢詐称について報道 | 本人が1歳若く見られたかったと説明 |
| 2026年11月 | 吉本新喜劇公演に出演予定 | YES THEATER |
この年表で特に注目したいのは、一度新喜劇を離れている点です。
一の介さんは、1989年ごろの新喜劇改革の時期に退団。その後、浅香あき恵さんと漫才コンビを組み、地方巡業などで活動しました。
本人のMBSインタビューによると、復帰までには約5年のブランクがありました。復帰を後押ししたのは、当時のニューリーダーだった内場勝則さん、辻本茂雄さん、石田靖さんです。
本人は後になって3人が会社に復帰を求めてくれていたことを知ったと語っています。長年の舞台経験や、共演者から必要とされたことが再出発につながったのです。
【代表ギャグの誕生秘話】「ダメよダメよ、ダメなのよ」はなぜ人気なのか
島田一の介さんを象徴する芸といえば、やはり「ダメよダメよ、ダメなのよ~」です。
独特のオネエ風の口調で、少し色気を感じさせるような仕草とともに繰り出すこのギャグは、吉本新喜劇を代表する定番ネタの一つとして知られています。
誕生のヒントは森進一の楽曲
2019年12月のデイリースポーツのインタビューで、一の介さんは、このギャグの誕生について明かしています。
ヒントになったのは、歌手・森進一さんの楽曲「年上の女(ひと)」の歌詞です。同曲は1968年に発表された作品で、一の介さんはその歌詞から着想を得たと説明しています。
つまり、2014年に日本エレキテル連合の「ダメよ~ダメダメ」が大流行するよりもずっと前から、一の介さんは自身のフレーズを舞台で使っていました。
本人によれば、2019年の時点で30年以上続けているギャグでした。
最初から観客に受け入れられたわけではない
MBSの座員インタビューでは、最初にこのギャグを披露した場所は、歌や踊りを取り入れた「ポケットミュージカルス」だったと説明しています。
当初は新喜劇の舞台で披露しても、すぐに大きな反応があったわけではありませんでした。
しかし、一の介さんはギャグをやり続けることの大切さを語っています。何年も続けるうちに観客がフレーズに慣れ、反応が生まれるようになったのです。
このエピソードは、新喜劇の笑いが単純に一度の爆発的な反応だけで成り立っているわけではないことを示しています。
日本エレキテル連合との混同に注意
2014年、日本エレキテル連合の「ダメよ~ダメダメ」が新語・流行語大賞の年間大賞を受賞しました。
このため、一の介さんのギャグが日本エレキテル連合のネタを参考にしたものだと誤解されたこともあったようです。
しかし、両者は別の芸です。一の介さんの「ダメよダメよ、ダメなのよ~」は、本人の説明によれば30年以上前から続けてきたもの。2014年の流行よりも前に確立していたフレーズです。
この違いを理解すると、一の介さんが長年にわたって自分の持ちネタを育ててきたことが分かります。
【芸風と評判】島田一の介が名脇役として評価される理由
一の介さんの魅力は、定番ギャグだけではありません。実際の舞台では、役柄や相手によって笑いの作り方を変える柔軟さも持っています。
強面とコミカルな演技のギャップ
若い頃は悪役や二枚目、お巡りさんなど、さまざまな役を演じていました。MBSのインタビューでも、若手時代には多様な役が回ってきたと振り返っています。
一見すると怖そうな雰囲気を持ちながら、オネエ風のギャグやコミカルな表情で笑いを生み出す。この対照的なキャラクターが、一の介さんの持ち味です。
年齢を重ねてからは父親役なども増え、舞台での立ち位置にも変化が生まれました。
台本にないアドリブにも対応
一の介さんの芸風を語るうえで欠かせないのが、共演者との掛け合いです。
MBSのインタビューでは、頭髪に関するギャグについて、内場勝則さんが考えたネタをきっかけに広がっていったと説明しています。また、田中眞紀子さんのものまねも、後輩の中條さんからのアドバイスがきっかけだったと振り返っています。
台本に書かれていないアドリブを受け取り、それを新しい笑いに変えていく。こうした柔軟性が、長年にわたって新喜劇の舞台に立ち続けられる理由の一つです。
主役だけではない、舞台を支える存在
日刊ゲンダイの2023年の紹介記事では、一の介さんを新喜劇に欠かせない名バイプレーヤーとして評価しています。
同記事では、芝居の流れを考えた提案や、共演者への的確な助言を行っていたことも紹介されています。
これは、舞台で目立つギャグを披露することだけが芸人の仕事ではないということです。相手の演技を引き立て、物語を自然につなぎ、観客が笑いやすい状況を作ることも、重要な役割です。
一の介さんは、派手な主役型というより、作品全体の完成度を支える職人的な喜劇俳優として存在感を発揮してきました。
【年齢詐称の真相と結婚・妻】プライベートで分かっていること
島田一の介さんを調べると、プロフィールのほかに「年齢詐称」や「妻」「結婚」という検索ワードが見つかります。これらについても、報道されている内容を整理します。
年齢詐称は本人が認めた1歳の違い
一の介さんの年齢については、過去のプロフィールと現在の公式プロフィールに1年の違いがありました。
例えば、2014年に掲載されたMBSの座員紹介ページには1951年5月8日生まれと記載されています。一方、現在の吉本興業公式プロフィールでは1950年5月8日生まれとなっています。
さらに、2023年6月20日のENCOUNTの記事では、本人が過去の年齢詐称について説明したことが報じられました。
その理由として本人が挙げたのは、若く見られたかったからというものです。つまり、重大な経歴詐称や複数年にわたる生年月日の偽装ではなく、1歳分の違いについて本人が認めていたという内容です。
2026年現在の年齢を計算する際には、吉本興業の現行公式プロフィールに掲載されている1950年5月8日を基準にするのが適切です。
結婚している?妻はどんな人?
一の介さんの結婚については、2023年のENCOUNTの記事に妻に関するエピソードが掲載されています。
記事では、かつて浅香あき恵さんと漫才コンビを組んでいた際、コンビ結成をめぐって一の介さんの妻が浅香さんに電話をかけた出来事が紹介されています。
この報道から、妻がいることは確認できます。ただし、妻の氏名や職業、結婚した時期など、詳しいプロフィールは広く公表されていません。
家族の情報についても、子どもの人数や年齢などを裏付ける十分な公式情報は確認できません。妻とのエピソードが報道されたことと、家族全体の詳細が公開されていることは別に考える必要があります。
浅香あき恵との漫才コンビ解散の背景
一の介さんの結婚に関する話題と一緒に語られることが多いのが、浅香あき恵さんとの漫才コンビです。
二人は1989年ごろの新喜劇退団後にコンビを組み、約1年半活動しました。しかし、もともと一の介さんは漫才に強い意欲があったわけではなく、浅香さんとの活動に対する考え方にも違いがありました。
2023年のENCOUNTの記事によれば、浅香さんは漫才に取り組む意欲を持っていた一方、一の介さんは漫才を続けることに消極的だったといいます。
さらに、コンビ結成をめぐって妻との間に誤解が生じたエピソードも明かされています。最終的には、一の介さんが芸人を辞めることまで考えて解散を申し出たと報じられています。
この話からも、当時の一の介さんにとって漫才コンビとして活動することは、必ずしも望んでいた道ではなかったことが分かります。
【島田一の介の現在・2026年最新】76歳でも吉本新喜劇の舞台へ
2026年現在の一の介さんは、76歳を迎えたベテラン俳優として吉本新喜劇で活動を続けています。
現在の活動を確認するうえで注目したいのが、吉本新喜劇の公式公演スケジュールです。
2026年11月の公演出演が公式発表されている
吉本新喜劇の公式サイトでは、2026年11月14日(土)・15日(日)にYES THEATER(吉本新喜劇セカンドシアター)で開催される「BSよしもとpresents『吉本新喜劇』」の出演者として、島田一の介さんの名前が掲載されています。
公演予定は次のとおりです。
- 2026年11月14日:12時30分開演、15時30分開演
- 2026年11月15日:12時30分開演、15時30分開演
- 会場:YES THEATER(大阪市中央区難波千日前)
- 主な出演者:すっちー、末成映薫、島田一の介、吉田ヒロ、西川忠志ほか
これは2026年10月30日時点で公表されている出演予定です。出演者の変更などが生じる可能性はありますが、少なくとも76歳を迎えた現在も、公式の舞台出演予定が確認できます。
年齢を重ねても舞台に立つ意味
一の介さんのキャリアで特徴的なのは、主役として一気にブレイクすることだけを追い求めてきたわけではない点です。
若手時代は悪役や二枚目などを経験し、退団という転機も乗り越え、地方巡業を経て新喜劇に復帰しました。その後は父親役や個性的なキャラクター、アドリブを生かした役柄など、幅広い演技で舞台を支えています。
また、MBSのインタビューでは、若手座員が自分たちでネタを作り、笑いを追求する姿勢を評価していました。
長く舞台に立ってきたベテランが、若手の新しい笑いを認めている点も興味深いところです。伝統的な新喜劇の演技を受け継ぎながら、世代の異なる座員と舞台を作り上げる。その役割も、一の介さんの現在の活動を理解するうえで欠かせません。
【島田一の介に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:島田一の介の本名は何ですか?
A1:本名は楠正泰(くすのき・まさやす)です。芸名の島田一の介とは異なる名前で、吉本新喜劇の喜劇俳優として活動しています。
Q2:島田一の介は2026年現在何歳ですか?
A2:1950年5月8日生まれのため、2026年10月30日現在は76歳です。
Q3:島田一の介の師匠は誰ですか?
A3:漫才コンビの島田洋之介・今喜多代です。1971年に弟子入りし、その後、師匠の紹介によって吉本新喜劇に入団しました。
Q4:島田一の介の代表ギャグは何ですか?
A4:「ダメよダメよ、ダメなのよ~」です。森進一さんの楽曲「年上の女(ひと)」の歌詞をヒントに生まれたと、本人が2019年のインタビューで説明しています。
Q5:島田一の介は年齢を詐称していたのですか?
A5:はい。過去に実際の年齢より1歳若く公表していたことを本人が認めています。2023年のENCOUNTの報道では、若く見られたかったことが理由として紹介されています。
Q6:島田一の介は結婚していますか?妻は誰ですか?
A6:2023年の報道で妻の存在が確認できます。ただし、妻の氏名や詳しいプロフィール、結婚時期などは広く公表されていません。
Q7:島田一の介は2026年現在も吉本新喜劇に出演していますか?
A7:はい。吉本新喜劇の公式公演情報では、2026年11月14日・15日の「BSよしもとpresents『吉本新喜劇』」への出演が予定されています。
まとめ:島田一の介は76歳になっても舞台を支えるベテラン喜劇俳優
島田一の介さんは、1950年5月8日生まれ、愛媛県宇和島市出身の喜劇俳優です。本名は楠正泰。2026年10月30日現在76歳で、1971年に島田洋之介・今喜多代へ弟子入りして以来、55年にわたって芸能の世界を歩んできました。
新喜劇への憧れから会社員を辞めて弟子入りし、島田洋七さんとの漫才経験を経て念願の新喜劇入り。一度は退団したものの、地方巡業を経験し、内場勝則さん、辻本茂雄さん、石田靖さんらの後押しもあって舞台に戻りました。
代表ギャグ「ダメよダメよ、ダメなのよ~」は、森進一さんの楽曲をヒントに生まれた長年の持ちネタです。また、1歳の年齢詐称についても本人が認めており、若く見られたかったという理由が報じられています。
華やかな主役だけでなく、舞台の流れを整え、共演者の魅力を引き出す名脇役としての存在感も大きな魅力です。
2026年11月の公演出演も予定されている島田一の介さん。長い芸歴の中で培った経験と独特の笑いを、これからも吉本新喜劇の舞台で見せてくれることに期待したいところです。
主な確認資料: 吉本興業公式プロフィール、MBS毎日放送の座員インタビュー、吉本新喜劇公式公演情報、デイリースポーツ、ENCOUNT、日刊ゲンダイ。