【大学に週5日通学】坂本花織はフィギュアスケートと学業をどう両立した?
坂本さんの大学生活を語るうえで欠かせないのが、世界トップクラスの競技活動と大学の授業を並行していたことです。
2023年9月の卒業時に神戸新聞などが報じた内容によると、坂本さんは練習や大会で忙しい時期にも、多いときには週5回大学に通学していました。
しかも、朝の練習を終えてから授業に出席する生活も送っていました。
朝練習から授業へ。ハードなスケジュール

フィギュアスケートのトップ選手は、技術練習だけでなく、体力トレーニングや身体のケア、遠征などにも時間を使います。
坂本さんの場合、大学の授業に出席するためには、競技のスケジュールとの調整が欠かせませんでした。
それでも大学での学習を続けられた背景には、本人の強い責任感があったようです。
2022年の北京オリンピック直前も、大学の課題提出について指導教授に連絡していました。
共同通信の2026年2月の報道では、田中康介教授が当時の坂本さんについて、次のように振り返っています。
すごく責任感があって、こちらが教わることも多かった。
教授が印象に残していたのは、単に授業に出席する姿勢だけではありません。大きな国際大会を控えていても、大学の課題に対して責任を持って取り組む姿勢でした。
大学の友人や学園祭も大切な思い出

坂本さんは競技一色の大学生活を送っていたわけではありません。
卒業時のスポーツニッポンのインタビューでは、高校時代と大学時代の違いについても話しています。
高校までは同じクラスの決まったメンバーと過ごす環境でしたが、大学では自分から友人をつくり、一緒に授業を受けるようになったそうです。
特に印象的だったのが、大学4年生のときに参加した学園祭です。
友人と体験型ゲームを楽しみ、屋台で食べ物を購入するなど、一般の大学生と同じような時間を過ごしました。
世界選手権で優勝するほどのトップ選手であっても、友人と過ごす時間や学生らしいイベントを楽しみにしていたことが分かります。
約半年遅れで卒業した理由は?
検索ユーザーが気になる点の一つが、坂本さんの大学卒業が半年遅れた理由です。
入学したのは2019年春ですが、卒業式に出席したのは2023年9月30日でした。
この点について、神戸学院大学の公式発表では、坂本さん本人が次のように説明しています。
(大会出場などで)予定より半年遅れましたが、卒業できてとてもうれしいです。
デイリースポーツや日刊スポーツの卒業関連報道では、単位不足によって卒業時期が半年延びたことも伝えられています。
整理すると、次のとおりです。
- 当初は4年間で卒業する予定だった。
- 大会出場など、競技活動との兼ね合いで予定が変更された。
- 必要な単位の取得が間に合わず、卒業が半年延びた。
- 2023年9月30日に前期学位記授与式へ出席した。
ここで重要なのは、大学を中退したわけでも、長期間休学して競技に専念したわけでもないということです。
2022年の北京オリンピック前には休学という選択肢も示されていましたが、本人は学業を続ける意思を持っていました。
卒業が半年延びたことは事実ですが、競技と学業を最後まで両立させた結果として捉えるのが適切です。
【田中康介教授との関係】大学で学んだ組織論・リーダーシップ論と指導者への夢
坂本さんの大学進学を理解するうえで、経営学部の田中康介教授の存在は重要です。
坂本さんは大学入学時から、将来はフィギュアスケートの指導者になりたいという目標を持っていました。
2019年に大学へ進学した背景には、現役選手としてのキャリアだけでなく、将来の指導者として必要な知識を身につけたいという考えがあったのです。
なぜ組織論やリーダーシップ論を学んだのか
2026年2月20日の共同通信による報道では、坂本さんが大学で組織論やリーダーシップ論を学びたいと考えていたことが紹介されました。
フィギュアスケートは個人競技というイメージが強いものの、選手の成長には多くの関係者が関わっています。
- 選手本人の目標設定と自己管理
- コーチによる技術指導と精神面のサポート
- 練習環境や施設の整備
- 競技団体による大会運営
- 子どもたちが競技を始められる環境づくり
こうした要素を理解するには、組織の運営や人材育成について学ぶことが役立ちます。
坂本さんの大学での学習は、将来のコーチ活動を意識したものだったと考えられます。
田中康介教授が出した課題と坂本さんのレポート
特に興味深いのが、大学時代のレポート課題です。
共同通信の2026年2月の記事によると、田中教授は坂本さんの将来につながる課題を出していました。
そのレポートで坂本さんは、子どもたちがスケートに触れられる環境を整備する必要性を提言しています。
これは、自分が競技で成功することだけでなく、次世代の選手を育てるためには何が必要なのかを考えた内容です。
フィギュアスケートの普及には、子どもたちが競技を始めやすい環境や、継続して練習できる場所が欠かせません。
坂本さんは、大学での学びを通じて、競技の未来を支える側の視点も身につけようとしていたのです。
大学での学びは2026年の指導者活動につながっている
この学習経験は、卒業後すぐに完成するものではありませんでした。
坂本さんは2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックで女子シングル銀メダルを獲得。その後、現役最後の大会となった3月の世界選手権でも優勝し、競技人生に区切りをつけました。
5月13日の引退会見では、今後は神戸を拠点に子どもたちへスケートの楽しさを伝えるコーチを目指す考えを示しています。
大学時代に描いていた将来像が、実際のキャリアとして動き始めたのです。
【2026年最新】坂本花織の大学卒業後の進路と現在の活動
2026年10月現在、坂本さんは現役選手としての活動を終え、指導者として新しいキャリアを歩んでいます。
大学卒業時には将来の指導者を目指していた坂本さんですが、その夢が現実のものとなりつつあります。
2026年2月:ミラノ・コルティナ五輪で銀メダル
2026年2月のミラノ・コルティナ冬季オリンピックでは、女子シングルと団体の両方で銀メダルを獲得しました。
神戸学院大学も公式ニュースで卒業生の快挙を紹介しています。
大学時代に北京オリンピックの銅メダルを獲得し、卒業後も世界のトップで戦い続けた坂本さんにとって、最後のオリンピックは大きな節目となりました。
2026年3月:世界選手権で4度目の優勝
現役最後の大会となったのは、チェコ・プラハで開催された世界選手権です。
坂本さんは女子シングルで優勝し、日本勢最多となる4度目の世界選手権制覇を達成しました。
3月31日の帰国時には、競技生活を終えたことについて解放感を語り、今後はアイスショーへの出演などを続けながら指導者の道へ進む考えを示しました。
2026年5月:正式に現役引退を発表
2026年5月13日、坂本さんは神戸市内で引退会見を開きました。
所属先のシスメックスが発表した内容では、坂本さんは21年4か月にわたるスケート人生を振り返り、今後は生まれ育った神戸で子どもたちにスケートの楽しさを伝えたいと表明しています。
また、恩師である中野園子コーチのもとで指導者としての道を歩む意向も示しました。
2026年10月:コーチとして活動中
2026年10月21日、デイリースポーツが共同通信の取材記事を掲載し、坂本さんのコーチ活動について報じました。
坂本さんはすでに指導を始めており、コーチ業について次のように語っています。
やりがいはめちゃくちゃある。
選手のジャンプが安定したり、できなかった技ができるようになったりすることに喜びを感じているそうです。
一方で、指導者としての難しさも感じています。
自分自身が選手だったときは、限界を超えるために自分を追い込むことができました。しかし、指導する側になると、選手にどこまで厳しく伝えるべきか、その加減が難しいと話しています。
この発言からは、トップ選手としての経験をそのまま押しつけるのではなく、教えられる側の立場を考えながら指導方法を模索している様子がうかがえます。
母校・神戸学院大学とのつながりも継続
2026年4月7日には、坂本さんが神戸学院大学の入学式に卒業生として出席しました。
新入生との交流では、大学で学んだマーケティングや経営の知識についても触れています。
特に印象的なのは、現役を終えてインストラクターやコーチとして働く段階になり、大学で学んだ経営の知識を生かす機会が来たと話していたことです。
学生時代の勉強が、卒業証書を受け取った時点で終わるのではなく、次の仕事に結びついていることが分かります。
【プロの結論】坂本花織の大学進学は競技人生の第二章につながっていた
坂本さんの大学進学を振り返ると、単なる学歴の一つとして神戸学院大学を選んだわけではないことが見えてきます。
大学での学習には、将来の指導者としてのキャリアを見据えた目的がありました。
特に重要なのは、次の3つです。
1. 競技者としての経験を学問に結びつけたこと
マーケティングやスポーツマネジメント、組織論などを学ぶことで、選手個人の視点だけでなく、競技を支える組織全体を考える機会を得ました。
2. 忙しくても学業を継続したこと
週5日通学する時期もあり、朝練習後に授業を受ける生活を送っていました。卒業が半年延びても、最終的に学位を取得しています。
3. 大学で考えていた将来像を実際の仕事につなげたこと
2026年には現役を引退し、コーチ活動を開始しました。子どもたちに競技の楽しさを伝え、世界で活躍する選手を育てたいという目標に向かっています。
坂本さんの歩みから学べるのは、アスリートの大学進学は競技を続けるためだけの選択肢ではないということです。
競技を終えた後に何をしたいのかを考え、そのために必要な知識を学生時代から身につけておくことは、スポーツ選手のキャリア形成において大きな意味を持ちます。
【坂本花織の大学】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:坂本花織の出身大学はどこですか?
神戸学院大学です。経営学部経営学科に進学し、2023年9月30日に卒業しました。
Q2:坂本花織は大学に何年入学しましたか?
2019年春です。神戸野田高校を卒業した後、神戸学院大学経営学部に進学しました。
Q3:坂本花織の大学卒業はなぜ半年遅れたのですか?
大会出場などの競技活動との兼ね合いで予定より半年遅れ、必要な単位の取得にも時間を要したためです。2023年9月に卒業しています。
Q4:坂本花織は大学に週5日通っていたのですか?
はい。多いときには週5回通学していました。朝の練習後に大学の授業へ出席することもありました。
Q5:大学では何を勉強していましたか?
経営学部でマーケティング、スポーツマネジメント、組織論、リーダーシップ論などを学んでいました。兵庫県スケート連盟の運営についても調査しています。
Q6:坂本花織は大学卒業後、何をしていますか?
2026年に現役を引退し、現在は指導者として活動しています。神戸を拠点に、アイスショーへの出演や子どもたちへの指導にも取り組んでいます。
Q7:坂本花織は大学の教授を目指していたのですか?
大学で指導者を目指して学んでいたことは確認されていますが、大学教授を目指していたという情報はありません。将来の目標はフィギュアスケートのコーチです。
まとめ:坂本花織の大学生活は2026年の指導者人生につながっている
坂本花織さんの出身大学は、神戸学院大学経営学部です。
2019年に入学し、北京オリンピックや世界選手権で活躍しながら学業を継続。多いときには週5日通学し、2023年9月30日に卒業しました。
卒業が半年遅れた背景には、大会出場などによるスケジュールの影響と単位取得の問題がありました。
大学ではマーケティングやスポーツマネジメント、組織論、リーダーシップ論などを学び、将来のスケート指導者として必要な知識を身につけようとしていました。
そして2026年、ミラノ・コルティナ五輪の銀メダル、世界選手権優勝を経て現役を引退。現在は神戸を拠点にコーチとして新たな一歩を踏み出しています。
坂本花織さんにとって神戸学院大学は、競技者としての成長だけでなく、次世代の選手を育てる指導者になるための土台を築いた場所だったのです。
今後は、大学時代に学んだ経営や組織運営の知識と、世界の頂点を経験した競技者としての実績をどのように指導へ生かしていくのか。その新しい挑戦にも注目が集まります。