赤痢菌を発見した人は志賀潔|1897年の発見論文と北里柴三郎との師弟関係を徹底解説
赤痢菌を発見した人物は、日本の細菌学者である志賀潔(しが・きよし)です。1897年(明治30年)、伝染病研究所で研究に取り組んでいた志賀潔は、細菌性赤痢の原因となる病原菌を特定し、その研究成果を論文「赤痢病原研究報告第一」として発表しました。この発見は、原因が明確でなかった赤痢の病原体を科学的に解明する大きな一歩となりました。
志賀潔は、近代日本の細菌学を切り開いた北里柴三郎の弟子でもあります。1897年の発見に至る研究の背景、北里との師弟関係、1898年の海外向け研究報告、菌名「Shigella」の由来、そして2026年現在の赤痢菌の分類までをたどると、一人の研究者の功績が世界の感染症医学にどのような影響を与えたのかが見えてきます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 発見者:赤痢菌を発見したのは、日本の細菌学者・志賀潔。
- 発見時期:1897年に国内で研究成果を報告し、1898年にはドイツ語の論文で海外にも紹介した。
- 師弟関係:北里柴三郎が所長を務めた伝染病研究所で研究し、北里の指導を受けていた。
- 菌名の由来:1919年に提唱された属名「Shigella」は、発見者の志賀潔にちなんでいる。
- 現在の分類:赤痢菌は4菌種に分類され、大腸菌と遺伝的に非常に近い細菌として知られる。
【答え】赤痢菌を発見した人は細菌学者の志賀潔!1897年の歴史的発見

赤痢菌の発見者は、1871年に宮城県仙台で生まれた細菌学者・志賀潔です。1957年に85歳で亡くなるまで、感染症の研究や医学教育に携わりました。
志賀潔の代表的な業績は、細菌性赤痢の原因となる細菌を特定したことです。それまで赤痢は、激しい下痢や発熱、血便などを引き起こす恐ろしい感染症として知られていましたが、病原体の正体をめぐっては研究者の間で解明が進んでいませんでした。
特に問題だったのは、赤痢という症状が必ずしも一つの病原体によって起こるわけではなかったことです。アメーバによる赤痢と細菌による赤痢を区別する必要があり、細菌性赤痢の原因を証明することが医学上の課題になっていました。
志賀は伝染病研究所で患者の検体を調べ、赤痢患者の便から特定の細菌を分離しました。さらに患者の回復期の血清を利用した凝集反応などによって、その細菌と赤痢との関連を示しました。
この成果によって、細菌性赤痢の病原体を科学的に特定する道が開かれました。志賀の研究は、単に新しい細菌を見つけたというだけではなく、感染症の原因を実験によって証明する近代細菌学の発展にも貢献したのです。
国立国会図書館の「近代日本人の肖像」でも、志賀潔は細菌性赤痢の病原体として志賀菌を発見した細菌学者として紹介されています。
【発見の経緯】1897年の赤痢大流行と伝染病研究所での調査

明治時代の日本を脅かした赤痢の流行

志賀潔が赤痢菌の研究に取り組んだ背景には、1897年の日本における大規模な赤痢の流行がありました。
当時の赤痢は、特に子どもにとって危険な感染症でした。発熱、下痢、腹痛、血液や粘液を伴う便などが現れ、重症化すれば命を落とすこともありました。衛生環境や感染症に対する医療体制が現在ほど整っていなかった時代には、流行を抑えることが大きな社会的課題でした。
この状況を受け、北里柴三郎が所長を務める伝染病研究所では、赤痢の病原体を特定するための研究が進められました。北里は研究助手だった志賀潔に、赤痢患者の排泄物に含まれる細菌の調査を指示します。
当時の研究環境では、患者から採取した検体に複数の細菌が混在していることも珍しくありませんでした。その中から本当に病気の原因となる細菌を見分けるには、菌の性質を詳しく調べ、患者との関連性を証明する必要がありました。
36人の患者を調査して病原菌を特定
1999年に医学誌「Clinical Infectious Diseases」に掲載された歴史研究「Dr. Kiyoshi Shiga: Discoverer of the Dysentery Bacillus」によると、志賀は伝染病研究所で36人の赤痢患者を調査しました。
研究では、患者の便から細菌を分離し、染色性や糖の発酵性、インドール反応などの性質を調べています。さらに、赤痢から回復した患者の血清と細菌を反応させる凝集試験を実施しました。
この凝集反応は、志賀の発見を裏付ける重要な手掛かりでした。患者の回復期の血清に対して、分離した細菌が特異的な反応を示したことで、単に便の中に存在する細菌ではなく、赤痢との強い関連性を持つ病原体であることを示したのです。
当時の細菌学では、ロベルト・コッホが確立した病原菌研究の考え方が大きな影響を持っていました。志賀も北里の指導のもと、菌の分離や性状の確認を重ね、病気との因果関係を慎重に調べました。
発見を記録した論文「赤痢病原研究報告第一」
志賀潔は1897年12月、研究成果を日本語の論文「赤痢病原研究報告第一」として発表しました。
J-STAGEに収録されている『細菌学雑誌』の書誌情報によると、この論文は1897年、第25号、787~810ページに掲載されています。発行日は1897年12月15日です。
翌1898年には「Über den Erreger der Dysenterie in Japan」というドイツ語の論文も発表され、海外の医学研究者にも成果が紹介されました。
このため、赤痢菌の発見年は1897年と紹介される一方、1898年を発見年とする医学史資料も存在します。両者を理解するには、国内での研究成果の公表と、その後のドイツ語による海外向け報告を区別することが大切です。
なお、当時の菌は「赤痢菌」や「Bacillus dysenteriae」などの名称で扱われ、現在の属名Shigellaが定着するのは後のことです。
【師弟関係】志賀潔と北里柴三郎はどのような関係だったのか
志賀潔の研究人生を語るうえで欠かせない人物が、細菌学者の北里柴三郎です。
北里は破傷風菌の純粋培養や破傷風抗毒素の研究で国際的に知られた医学者であり、日本の近代細菌学を代表する人物です。志賀は東京帝国大学医科大学在学中に北里の講義を受け、その研究姿勢に強い影響を受けました。
1896年に大学を卒業した志賀は、北里が設立・運営していた伝染病研究所に研究助手として入りました。当初は結核やジフテリアの研究に関係する業務を担当していましたが、1897年の赤痢流行をきっかけに研究対象が変わります。
北里は志賀に赤痢の細菌学的調査を指示し、研究を進める環境を与えました。志賀は論文でも北里の指導に謝意を示しています。
この関係は、単に有名な師匠と弟子というだけではありません。北里が持っていた実験医学の考え方を、志賀が赤痢という具体的な感染症の研究に応用し、独自の成果につなげた関係でした。
北里柴三郎と志賀潔の関係・功績一覧
| 項目 | 北里柴三郎 | 志賀潔 |
|---|---|---|
| 生没年 | 1853~1931年 | 1871~1957年 |
| 専門 | 細菌学・免疫学 | 細菌学・免疫学 |
| 主な研究 | 破傷風菌の純粋培養、抗毒素研究 | 赤痢菌の発見、化学療法研究 |
| 研究上の関係 | 伝染病研究所の所長・指導者 | 伝染病研究所の研究助手・弟子 |
| 代表的な転機 | 1914年に北里研究所を設立 | 1897年に赤痢菌の発見を報告 |
| 医学史上の意義 | 日本の近代細菌学の基盤を築いた | 細菌性赤痢の病原体解明に貢献した |
1914年、伝染病研究所の組織再編をめぐって北里が辞任すると、志賀も北里に従い、新たに設立された北里研究所に加わりました。志賀は同研究所の部門責任者を務めています。
その後も志賀は、赤痢菌だけでなく結核などの感染症研究を続けました。1931年に北里が亡くなった後も、志賀は研究者として活動を続けています。
この師弟関係で注目したいのは、志賀が北里の研究をそのまま繰り返したわけではないことです。北里の指導を受けながら、自分自身の研究課題を見つけ、世界的な業績を残した点にあります。
【菌名の由来】Shigellaはなぜ志賀潔の名前から付けられた?
現在、赤痢菌の学名として使われる「Shigella(シゲラ)」は、志賀潔の姓に由来しています。
志賀が発見した細菌は、当初「Bacillus dysenteriae」などの名称で呼ばれていました。その後、赤痢の原因となる類似の細菌が次々と報告され、分類や命名の整理が必要になりました。
1919年、イタリアの細菌学者アルド・カステラーニとイギリスの医師アルバート・チャーマーズによって、属名Shigellaが提唱されました。志賀潔が赤痢菌の発見に果たした功績をたたえ、その姓が学名に採用されたのです。
細菌の命名データベースLPSNでも、Shigellaの語源は、赤痢菌を最初に発見した日本の細菌学者Kiyoshi Shigaに由来すると説明されています。
志賀赤痢菌と志賀毒素は同じ意味ではない
志賀潔の名前に関連する医学用語には「志賀赤痢菌」と「志賀毒素」があります。
志賀赤痢菌は、志賀が発見した赤痢菌を指す歴史的な呼び方です。現在の分類では、赤痢菌の一種であるShigella dysenteriae、とりわけ1型菌が重要な位置を占めています。
一方、志賀毒素(Shiga toxin)は、特定の細菌が産生する毒素の名称です。志賀赤痢菌の研究で見いだされた毒性因子にちなんで名付けられました。
また、志賀毒素は腸管出血性大腸菌などでも産生されます。したがって、志賀毒素と赤痢菌そのものを同じものとして理解するのは正確ではありません。
このように、志賀潔の名前は細菌の分類だけでなく、感染症の病原性を理解するうえでも重要な医学用語として残っています。
【2026年最新】赤痢菌の種類と分類、大腸菌との違いを解説
志賀潔が発見した赤痢菌は、現在ではShigella属に分類されています。2026年現在、医学・感染症学で基本となる分類は4菌種です。
赤痢菌の4つの種類
国立健康危機管理研究機構や米国疾病予防管理センター(CDC)の資料では、赤痢菌は次の4菌種に分類されています。
| 菌種 | 血清群 | 特徴 |
|---|---|---|
| Shigella dysenteriae | A群 | 志賀が発見した赤痢菌に関係する菌種。1型菌は志賀毒素を産生する。 |
| Shigella flexneri | B群 | 世界各地で細菌性赤痢の原因となる菌種。 |
| Shigella boydii | C群 | 地域によって感染例がみられる菌種。 |
| Shigella sonnei | D群 | 米国で最も一般的な赤痢菌の一種。 |
この4分類は、主にO抗原などの血清学的性質を基準としています。それぞれの菌種には、さらに複数の血清型が存在するものもあります。
なお、赤痢菌はグラム陰性の桿菌で、運動性を持たないことが特徴です。腸管に侵入して炎症を引き起こし、細菌性赤痢の原因となります。
赤痢菌と大腸菌の違いは何か
赤痢菌と大腸菌は、どちらも腸内細菌科に属する細菌です。形態や遺伝的性質が非常に近く、細菌学的にも興味深い関係にあります。
国立感染症研究所の2022年の解説では、赤痢菌と大腸菌はDNA相同性の観点から非常に近縁であり、遺伝学的には同一菌種内に含めるべきという考え方も紹介されています。しかし、医学的な重要性や従来の分類上の理由から、赤痢菌は独立した属として扱われています。
両者の主な違いは、次のとおりです。
| 比較項目 | 赤痢菌 | 大腸菌 |
|---|---|---|
| 分類 | Shigella属 | Escherichia coli |
| 主な特徴 | 細菌性赤痢を引き起こす病原菌 | 腸内常在菌と病原性を持つ菌株がある |
| 感染症 | 細菌性赤痢 | 腸管出血性大腸菌感染症など |
| 遺伝的関係 | 大腸菌と非常に近縁 | 赤痢菌と多くの遺伝的特徴を共有 |
| 医学上の扱い | 独立した属として分類 | 独立した属として分類 |
特に注意したいのが、腸管侵入性大腸菌(EIEC)との関係です。EIECは赤痢菌と共通する病原因子を持ち、腸管に侵入して赤痢に似た症状を引き起こします。
そのため、検査で両者を区別することが難しい場合があります。国立感染症研究所の解説でも、赤痢菌と大腸菌の同定には注意が必要だと指摘されています。
赤痢菌を大腸菌と完全に無関係な細菌だと考えるのも、逆に両者を医学的にまったく同じものだと考えるのも正確ではありません。
【志賀潔の生涯と功績】赤痢菌発見後の研究と文化勲章
志賀潔の功績は、1897年の赤痢菌発見だけにとどまりません。海外での研究、化学療法の開拓、大学での医学教育など、生涯を通じて日本と世界の医学に貢献しました。
ドイツ留学とパウル・エールリッヒとの研究
1901年、志賀はドイツに渡り、医学者パウル・エールリッヒの研究室で学びました。
エールリッヒは免疫学や化学療法の発展に大きな影響を与えた研究者です。志賀はそのもとで生物化学、免疫学、化学療法などを研究し、トリパンロートという化学療法剤の研究にも取り組みました。
帰国後は北里の研究室に戻り、感染症研究を継続しています。赤痢ワクチンの開発や結核、らいの研究にも携わりました。
慶應義塾大学や京城帝国大学での活動
志賀は1920年に慶應義塾大学医学部の教授に就任しました。同年には朝鮮総督府の要請を受け、京城の病院の院長も務めています。
1926年に京城帝国大学が設立されると医学部長となり、1929年には総長に就任しました。1931年にその職を辞して日本へ戻り、北里研究所で再び研究に取り組みました。
研究者としてだけでなく、医学教育や研究機関の運営にも携わったことが、志賀潔の生涯を特徴づけています。
1944年に文化勲章を受章
志賀潔は長年にわたる医学研究の功績を評価され、1944年(昭和19年)に文化勲章を受章しました。
また、1949年には本多光太郎、土井晩翠とともに仙台市の名誉市民に選ばれています。宮城県の人物紹介資料でも、赤痢菌の発見と文化勲章の受章は、志賀潔を代表する業績として取り上げられています。
1957年1月25日、志賀潔は85歳で亡くなりました。国立国会図書館の人物資料には、1871年から1957年までの生涯と、伝染病研究所で北里柴三郎に師事した経歴が記録されています。
赤痢菌を発見した若き研究者は、その後も国際的な医学研究の発展に携わり、日本の細菌学史に大きな足跡を残しました。
【現代への影響】志賀潔の発見は現在の感染症対策にどうつながる?
1897年の発見から約130年が経過した2026年現在も、赤痢菌は世界の公衆衛生に関わる重要な病原体です。
細菌性赤痢の感染経路と主な症状
細菌性赤痢は、赤痢菌に感染することで発症する感染症です。主な感染経路は、病原体に汚染された食品や水の摂取、あるいは人から人への糞口感染です。
主な症状には、次のようなものがあります。
- 発熱
- 水様性の下痢
- 腹痛
- しぶり腹(便意があるのに便が出にくい状態)
- 膿や粘液、血液を伴う便
潜伏期間は一般に1~3日程度で、症状の程度は感染した菌種や患者の状態によって異なります。
国立健康危機管理研究機構の2025年11月27日更新の感染症情報によると、日本で報告される細菌性赤痢は海外渡航に関連した輸入症例が大半で、推定感染地域はアジアが多いとされています。
抗菌薬への耐性とワクチン開発の課題
赤痢菌の感染症対策では、抗菌薬への耐性が大きな課題となっています。CDCも、抗菌薬耐性を持つ赤痢菌の存在を公表しており、治療薬の選択には適切な検査と医師の判断が必要です。
軽症の場合には水分補給などの対症療法で回復することもありますが、症状や患者の状態によって抗菌薬による治療が検討されます。
また、国立健康危機管理研究機構の情報では、日本国内で承認された赤痢菌ワクチンはありません。
感染予防の基本は、石けんによる手洗い、安全な飲料水の確保、食品の衛生管理です。特に流行地域への渡航では、飲食物の衛生状態に注意する必要があります。
志賀潔が赤痢菌を発見したことで、病原体の特定という感染症研究の重要な段階は大きく前進しました。しかし、病原体を特定することと、感染症を完全に制御することは別の課題です。薬剤耐性やワクチン開発など、現在も研究が続いています。
赤痢菌を発見した人・志賀潔に関するよくある質問(FAQ)
Q1:赤痢菌を発見した日本人は誰ですか?
A1:細菌学者の志賀潔です。1897年に伝染病研究所で赤痢患者の検体を調べ、細菌性赤痢の病原体を発見しました。
Q2:赤痢菌の発見は1897年と1898年のどちらですか?
A2:国内での研究成果の発表は1897年です。翌1898年にはドイツ語の論文で海外にも紹介されました。資料によって発見年の表記が異なるのは、この発表時期の違いが関係しています。
Q3:志賀潔の師匠は誰ですか?
A3:北里柴三郎です。志賀は1896年に大学を卒業した後、北里が所長を務める伝染病研究所に入り、研究助手として指導を受けました。
Q4:Shigellaという名前は何に由来しますか?
A4:赤痢菌を発見した志賀潔の姓に由来します。1919年にカステラーニとチャーマーズが属名Shigellaを提唱しました。
Q5:赤痢菌には何種類ありますか?
A5:基本的には4菌種です。Shigella dysenteriae、Shigella flexneri、Shigella boydii、Shigella sonneiに分類されます。
Q6:志賀潔は文化勲章を受章していますか?
A6:はい。1944年に文化勲章を受章しました。赤痢菌の発見をはじめとする医学研究への貢献が評価されています。
まとめ:赤痢菌の発見者・志賀潔が医学史に残した功績
赤痢菌を発見した人は、日本の細菌学者・志賀潔です。1897年、北里柴三郎が所長を務める伝染病研究所で赤痢患者の検体を調べ、病原体となる細菌を特定しました。
その成果は「赤痢病原研究報告第一」として発表され、翌1898年にはドイツ語の論文によって海外にも伝えられました。1919年には志賀の功績を記念して、細菌の属名にShigellaが採用されています。
志賀潔の生涯を振り返ると、赤痢菌の発見だけでなく、北里柴三郎から受け継いだ研究姿勢、ドイツでの化学療法研究、医学教育への貢献、そして1944年の文化勲章受章まで、多方面にわたる業績が確認できます。
2026年現在も赤痢菌は4菌種に分類され、大腸菌との遺伝的な近縁性や薬剤耐性などが研究対象となっています。
志賀潔の発見が医学史に残した最大の意義は、原因の分からなかった感染症に対し、病原体を特定して科学的に説明する道を切り開いたことです。その研究成果は、現在の細菌学や感染症対策にもつながっています。
赤痢菌の名前に残る「Shigella」は、一人の日本人研究者が世界の医学に刻んだ功績を今に伝えるものです。
主な史料・参考資料
- 国立国会図書館「近代日本人の肖像・志賀潔」
- J-STAGE『細菌学雑誌』1897年第25号「赤痢病原研究報告第一」
- Trofaほか「Dr. Kiyoshi Shiga: Discoverer of the Dysentery Bacillus」(Clinical Infectious Diseases、1999年)
- 国立健康危機管理研究機構「細菌性赤痢」(2025年11月27日更新)
- LPSN「Genus Shigella」
- 米国疾病予防管理センター(CDC)「About Shigella Infection」